宵月楼-しょうげつろう-
あやかし風味。ミステリー皆無。恋愛要素多少混入。
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【636】
「この川に渡し舟はないよ」
気付けば川のほとりに立っていた。かなり幅が広く、深そうな川だ。しかも、ごおごおと音をたてて流れている。
だが、いかにも渡し舟の出そうな桟橋があるというのに、そこには幼子が一人、妙に澄ました顔で立っているだけだ。
「ここはどこだ?俺はいつここに来たのだろう」
自分でも随分とおかしなことを言っていると思ったが、どうしても知りたくて俺はその幼子に聞いてみた。
幼子は目を細めて猫のようににやにやと笑う。
「おや、知らずに来たのかい?では、腹は減っているかい?」
「そういえば、朝から何も食べていない・・・気がする」
俺が言うと、幼子は、ぱん、と一度手を叩いた。
途端に、目の前に急須と湯飲みとせいろが現れた。
驚く俺をよそに、幼子は器用に茶を入れると、せいろのふたを開ける。
中にはほかほかと湯気を立てる桃饅頭。
「遠慮せず食うといい」
幼子は笑って俺に勧めた。
俺はたまらず手を伸ばし、しかし首をかしげた。
伸ばした手が、桃饅頭に触れないのだ。つかもうとしても直前で指が止まる。
呆然と自分の手を見つめていると、不意に空が翳った。
いや、違う。
さっきまで幼子のいたところに、俺の倍は背丈のある鬼が立っていてものすごい形相で俺をにらみつけていたのだ。
「さ、さっきの幼子はどこに・・・」
「おのれ!こちらの食い物を食わせてしまえば完全に戻れなくできたものを!こうなれば三途の川に放り込んでやろうぞ!」
「やめてくれ!」
どうやら幼子は鬼で、三途の川の番人であったらしい。
俺は自分を守ってくれたなにものかに感謝しつつ、とにかく鬼と三途の川に背を向けて駆け出した。
うっかり迷い込んだにせよ、もし守ってくれるものがあるなら、まだ死ぬべき時ではないはずだ。
「無理矢理あの世に連れて行かれてたまるか!」
先が見えない。
苦しい。
だが、走りながら自分に言い聞かせるように大声で叫ぶ。
そして目が覚めた。
病院のベッドに横たわり、点滴と機械のコードに繋がれていた。
ふと見ると、俺の右手をしっかりと握ったまま、君が寝ていた。
守ってくれていたのは、君だったのか。
「・・・ありがとう」
呟いた俺の声に目を覚ました君が、俺を見てぼたぼたと大粒の涙をこぼしながら笑った。
お題: 「渡し舟」、「茶」、「桃」で創作しましょう。 #jidaiodai http://shindanmaker.com/138578
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「この川に渡し舟はないよ」
気付けば川のほとりに立っていた。かなり幅が広く、深そうな川だ。しかも、ごおごおと音をたてて流れている。
だが、いかにも渡し舟の出そうな桟橋があるというのに、そこには幼子が一人、妙に澄ました顔で立っているだけだ。
「ここはどこだ?俺はいつここに来たのだろう」
自分でも随分とおかしなことを言っていると思ったが、どうしても知りたくて俺はその幼子に聞いてみた。
幼子は目を細めて猫のようににやにやと笑う。
「おや、知らずに来たのかい?では、腹は減っているかい?」
「そういえば、朝から何も食べていない・・・気がする」
俺が言うと、幼子は、ぱん、と一度手を叩いた。
途端に、目の前に急須と湯飲みとせいろが現れた。
驚く俺をよそに、幼子は器用に茶を入れると、せいろのふたを開ける。
中にはほかほかと湯気を立てる桃饅頭。
「遠慮せず食うといい」
幼子は笑って俺に勧めた。
俺はたまらず手を伸ばし、しかし首をかしげた。
伸ばした手が、桃饅頭に触れないのだ。つかもうとしても直前で指が止まる。
呆然と自分の手を見つめていると、不意に空が翳った。
いや、違う。
さっきまで幼子のいたところに、俺の倍は背丈のある鬼が立っていてものすごい形相で俺をにらみつけていたのだ。
「さ、さっきの幼子はどこに・・・」
「おのれ!こちらの食い物を食わせてしまえば完全に戻れなくできたものを!こうなれば三途の川に放り込んでやろうぞ!」
「やめてくれ!」
どうやら幼子は鬼で、三途の川の番人であったらしい。
俺は自分を守ってくれたなにものかに感謝しつつ、とにかく鬼と三途の川に背を向けて駆け出した。
うっかり迷い込んだにせよ、もし守ってくれるものがあるなら、まだ死ぬべき時ではないはずだ。
「無理矢理あの世に連れて行かれてたまるか!」
先が見えない。
苦しい。
だが、走りながら自分に言い聞かせるように大声で叫ぶ。
そして目が覚めた。
病院のベッドに横たわり、点滴と機械のコードに繋がれていた。
ふと見ると、俺の右手をしっかりと握ったまま、君が寝ていた。
守ってくれていたのは、君だったのか。
「・・・ありがとう」
呟いた俺の声に目を覚ました君が、俺を見てぼたぼたと大粒の涙をこぼしながら笑った。
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【635】
霧の夜に吉原の大門をくぐると、時に違う場所へ繋がっていることがある。
霧の漂う通りに、妖しく揺れる妓楼の灯り。
まだ夜更けには早いのに人影はまばらで、そのくせ格子の向こうからかけられる声は妙に耳につく。
たおやかな白い手を取った覚えも曖昧なまま、気付けば座敷で花魁に酌などされている。
微笑みかける瞳は瑠璃や珊瑚の色に染まり、行灯に揺れる影には尖った耳や尻尾が揺れる。
もう逃がしませぬ、とささやかれたら、もうそこから動けない。
あやかしの花魁は、人のそれより情が深い。
朝の別れが来ぬ花街で一生過ごすつもりでないなら、霧の夜には吉原の大門をくぐらぬがよろしかろう。
お題: 「霧」、「瑠璃」、「花魁」で創作しましょう。 #jidaiodai http://shindanmaker.com/138578
拍手ありがとうございます。
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霧の夜に吉原の大門をくぐると、時に違う場所へ繋がっていることがある。
霧の漂う通りに、妖しく揺れる妓楼の灯り。
まだ夜更けには早いのに人影はまばらで、そのくせ格子の向こうからかけられる声は妙に耳につく。
たおやかな白い手を取った覚えも曖昧なまま、気付けば座敷で花魁に酌などされている。
微笑みかける瞳は瑠璃や珊瑚の色に染まり、行灯に揺れる影には尖った耳や尻尾が揺れる。
もう逃がしませぬ、とささやかれたら、もうそこから動けない。
あやかしの花魁は、人のそれより情が深い。
朝の別れが来ぬ花街で一生過ごすつもりでないなら、霧の夜には吉原の大門をくぐらぬがよろしかろう。
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【634】
「親分、親分」
神社を通りがかった十兵衛親分は、声をかけられて足を止めた。
周りを見回しても、人影はない。
「親分、こっちですってばよう」
小さな声を頼りに探せば、それは神社の社殿の床下から聞こえてくる。
覗き込めば、小さなあやかしが影から顔だけ出していた。
「お?豆腐小僧じゃねえか」
「親分~っ!」
人の膝ほどの背しかない豆腐小僧は、手に持った豆腐を落とさないように持って、スネのあたりにしがみついてきた。
「なんだ、どうした」
「ちょっと用事があって外出したら、猫に追いかけられて迷っちゃったんです~」
普段からあやかし絡みの問題に振り回され、あやかし専門の岡っ引き扱いされている十兵衛親分は、できれば持ち込まれる厄介ごとはできるだけ少なくしたい、と常々思っているのだ。
だが、豆腐小僧が情けなくべそをかいて訴えるものだから、結局放っておけなくなってしまった。
これを放っておくのは、さすがに心が痛む。
「しかたねえなあ。長屋まで連れてってやるよ。おら、肩乗れ」
豆腐小僧は花をすすると、嬉しそうに笑って十兵衛親分の体をよじ登った。
「じゃ、行くか。豆腐落とすなよ」
「はい!親分!」
まあ、しかたねえやな。ほっとけねえ性分なんだから。
親分は苦笑して、肩車した豆腐小僧をあまり揺らさないように、ゆったりと歩き出した。
お題: 「神社」、「豆腐」、「岡っ引き」で創作しましょう。 #jidaiodai http://shindanmaker.com/138578
しまった。なんだか十兵衛親分が大人っぽい。
まだ十五くらいの設定なんですが。
多分、豆腐小僧に頼られて兄貴みたいな気分になっちゃったんでしょうね(ということにしておきます ^^;)
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「親分、親分」
神社を通りがかった十兵衛親分は、声をかけられて足を止めた。
周りを見回しても、人影はない。
「親分、こっちですってばよう」
小さな声を頼りに探せば、それは神社の社殿の床下から聞こえてくる。
覗き込めば、小さなあやかしが影から顔だけ出していた。
「お?豆腐小僧じゃねえか」
「親分~っ!」
人の膝ほどの背しかない豆腐小僧は、手に持った豆腐を落とさないように持って、スネのあたりにしがみついてきた。
「なんだ、どうした」
「ちょっと用事があって外出したら、猫に追いかけられて迷っちゃったんです~」
普段からあやかし絡みの問題に振り回され、あやかし専門の岡っ引き扱いされている十兵衛親分は、できれば持ち込まれる厄介ごとはできるだけ少なくしたい、と常々思っているのだ。
だが、豆腐小僧が情けなくべそをかいて訴えるものだから、結局放っておけなくなってしまった。
これを放っておくのは、さすがに心が痛む。
「しかたねえなあ。長屋まで連れてってやるよ。おら、肩乗れ」
豆腐小僧は花をすすると、嬉しそうに笑って十兵衛親分の体をよじ登った。
「じゃ、行くか。豆腐落とすなよ」
「はい!親分!」
まあ、しかたねえやな。ほっとけねえ性分なんだから。
親分は苦笑して、肩車した豆腐小僧をあまり揺らさないように、ゆったりと歩き出した。
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まだ十五くらいの設定なんですが。
多分、豆腐小僧に頼られて兄貴みたいな気分になっちゃったんでしょうね(ということにしておきます ^^;)
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【630】
屋敷の最奥に忘れられし鏡。
布をかけられたまま磨く者も映すものもなく、動かぬ時間を数えることすらないままに、朽ちていくのだと諦めて。
この身が物であるならば、何故虚しさを感じるのか。
ふとそんな思いが眠りの合間に陽炎のように立ち上っては、答えをつかむ前に消えていく。
だから、突然吹きつけた風も、なにかの幻のように思っていた。
布越しにきらめきを感じ、風に布が吹き払われる。
開けた視界に映った部屋は記憶よりも古びて、それでも開け放たれた襖から差し込んでくるそれが、日の光であると、やっと気付いた。
「意外と物が残ってるもんだな。お袋の道具かな」
そう言いつつ振り返った浪人風の男の言葉で、彼が持ち主の息子であると気付く。
すっかり大人になってはいたが、確かに笑んだ目元に面影が残っていた。
この身に姿を映しては、はしゃいでいた子供。
時間が動き出す。懐かしさが溢れ、同時に自分がどれだけ孤独だったのかを悟る。
その、もう二度と味わいたくない虚無の時に体が震える。
だから、彼が近づいた時、それを伝える姿を欲した。
「・・・もう一人にしないで」
彼の手をつかむ自分の白く細い指が見える。
こちらを驚いて見つめる彼の目に、泣きそうな少女の姿が映っている。
それは、初めて見る自分の姿だった。
お題:「屋敷」、「鏡」、「浪人」で創作しましょう。 #jidaiodai http://shindanmaker.com/138578
初めて人の姿になった鏡の付喪神。
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屋敷の最奥に忘れられし鏡。
布をかけられたまま磨く者も映すものもなく、動かぬ時間を数えることすらないままに、朽ちていくのだと諦めて。
この身が物であるならば、何故虚しさを感じるのか。
ふとそんな思いが眠りの合間に陽炎のように立ち上っては、答えをつかむ前に消えていく。
だから、突然吹きつけた風も、なにかの幻のように思っていた。
布越しにきらめきを感じ、風に布が吹き払われる。
開けた視界に映った部屋は記憶よりも古びて、それでも開け放たれた襖から差し込んでくるそれが、日の光であると、やっと気付いた。
「意外と物が残ってるもんだな。お袋の道具かな」
そう言いつつ振り返った浪人風の男の言葉で、彼が持ち主の息子であると気付く。
すっかり大人になってはいたが、確かに笑んだ目元に面影が残っていた。
この身に姿を映しては、はしゃいでいた子供。
時間が動き出す。懐かしさが溢れ、同時に自分がどれだけ孤独だったのかを悟る。
その、もう二度と味わいたくない虚無の時に体が震える。
だから、彼が近づいた時、それを伝える姿を欲した。
「・・・もう一人にしないで」
彼の手をつかむ自分の白く細い指が見える。
こちらを驚いて見つめる彼の目に、泣きそうな少女の姿が映っている。
それは、初めて見る自分の姿だった。
お題:「屋敷」、「鏡」、「浪人」で創作しましょう。 #jidaiodai http://shindanmaker.com/138578
初めて人の姿になった鏡の付喪神。
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【629】
山あいの隠れ里では、早朝、とろりと濃い霧が村を包み込む。
俺はその霧に濡れるのもかまわず、大きな枇杷の木の根元に寝転んでいた。
見上げれば、寒空の下でも健気に枇杷の花が咲いている。
それはまるで霧をそのまま固めたように白く可憐で儚げに見える。
だが、それは寒さをものともせず、目立たないがしたたかに咲き誇り、やがて温かな太陽の色の実を成すのだ。
「・・・まるであいつのようだな」
ぽつりと我知らず零れた声が合図であったかのように、霧を裂いて小柄が飛んできた。
それを右手を軽く持ち上げ、指の間にしっかりと挟んで止める。
まったく。
この霧の中をわざわざ出迎えに来てやったのにこの仕打ちだ。
「帰還の挨拶にしちゃ、あぶねえじゃねえか」
霧の向こうにそう声をかけると、旅姿のあいつが姿を現した。
俺の指にはさまれた己の小柄を見て、軽く眉をひそめる。
「また止められた」
「当たり前だ。止めねば、怪我をするだろうが」
俺が苦笑して小柄を返してやると、悔しそうな表情でそれを受け取る。
幼い頃にした「いつでも一本取りに来い」という約束を、ことあるごとに実行するのは困ったものだ。
だが。
「おかえり」
「ただいま」
昔は泣き虫で鈍くさかった幼馴染は、もういっぱしの忍びの顔をしていた。
お題:「霧」、「小柄」、「枇杷」で創作しましょう。 #jidaiodai http://shindanmaker.com/138578
今日はあやかしではなく、忍風味です。
お題の「枇杷」を調べたら、花期は冬だそうなのでそこから連想してみました。
ご訪問、拍手ありがとうございます。
瑠璃丸に「おすわり!」って言いたいと聞いて、ついボットの反応語に「おすわり」を入れてしまいました(^^;)。
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山あいの隠れ里では、早朝、とろりと濃い霧が村を包み込む。
俺はその霧に濡れるのもかまわず、大きな枇杷の木の根元に寝転んでいた。
見上げれば、寒空の下でも健気に枇杷の花が咲いている。
それはまるで霧をそのまま固めたように白く可憐で儚げに見える。
だが、それは寒さをものともせず、目立たないがしたたかに咲き誇り、やがて温かな太陽の色の実を成すのだ。
「・・・まるであいつのようだな」
ぽつりと我知らず零れた声が合図であったかのように、霧を裂いて小柄が飛んできた。
それを右手を軽く持ち上げ、指の間にしっかりと挟んで止める。
まったく。
この霧の中をわざわざ出迎えに来てやったのにこの仕打ちだ。
「帰還の挨拶にしちゃ、あぶねえじゃねえか」
霧の向こうにそう声をかけると、旅姿のあいつが姿を現した。
俺の指にはさまれた己の小柄を見て、軽く眉をひそめる。
「また止められた」
「当たり前だ。止めねば、怪我をするだろうが」
俺が苦笑して小柄を返してやると、悔しそうな表情でそれを受け取る。
幼い頃にした「いつでも一本取りに来い」という約束を、ことあるごとに実行するのは困ったものだ。
だが。
「おかえり」
「ただいま」
昔は泣き虫で鈍くさかった幼馴染は、もういっぱしの忍びの顔をしていた。
お題:「霧」、「小柄」、「枇杷」で創作しましょう。 #jidaiodai http://shindanmaker.com/138578
今日はあやかしではなく、忍風味です。
お題の「枇杷」を調べたら、花期は冬だそうなのでそこから連想してみました。
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HN:
宵月楼 店主
性別:
非公開
自己紹介:
オリジナルの短い文章を書いています。アニメ、ゲーム、小説、マンガ、音楽、手作り、すべてそれなりに広く浅く趣味の範囲で。
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