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宵月楼-しょうげつろう-

あやかし風味。ミステリー皆無。恋愛要素多少混入。

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【533】

 抜けるような晴天の下で、大きな白い犬の毛を、丁寧に櫛ですいている少女がいた。
 犬は少女の背丈ほどもあり、鋭い牙の並んだ口はその気になれば少女の頭など簡単に噛み砕きそうなほどにでかい。
 しかし、その深い碧色の瞳は穏やかで優しく、真っ白い毛皮は雪のように汚れなく、恐ろしさよりもむしろ神々しさすら感じさせる。
 太くふさふさとした尻尾が時折ゆったりと動いては、毛をすく少女を優しく叩く。
 その度に少女は、ころころと楽しそうに笑った。
「駄目だよ、瑠璃丸。邪魔しないでよ」
 笑いながらたしなめる少女の言葉に、彼は目を少し細めて笑った。
「何を言う、凛音。邪魔などしていない。犬の尻尾が揺れるのは、親愛の情を表すのだ。知っているだろう?」
「瑠璃丸は犬神でしょ?ちゃんとじっとしてることできるくせに」
 瑠璃丸は笑んだまま、黙ってまた尻尾をひと振り。
 凛音がまたくすぐったそうに笑う。
 青い空にその笑い声が響くだけで、幸せな気持ちが胸に溢れる。
 だから、瑠璃丸は彼女をくすぐるように、つい何度も尻尾を揺らしてしまうのだった。


「晴天」、「櫛」、「犬」で創作しましょう。 http://shindanmaker.com/138578
たまには本来の姿で。
瑠璃丸は子供を背に乗せられるほど大きな白い犬、というより狼に近いので、めったにもとの姿には戻りません。
だって、いくら穏やかでも、人に恐れられることは確実ですからね。騒ぎは嫌うので、普段はずっと人間の姿です。
多分、今回は、毛のはえかわりの時期だからすかなきゃとか凛音に言われて、ままごとに付き合うように付き合ってやっているのでしょう。


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【532】

 吹雪の夜でも、春のそよ風に吹かれるようにそっと笑みを浮かべて、彼女は立っている。
 そんな寒風でも、その美しいかんばせを歪ませることはできない。
 ただひたすらに優しい笑みの彼女のそばは温かい春の陽射しが降り注いでいるようにすら感じさせる。
 それに見惚れていると、着物のかすかな衣擦れの音とともに歩み寄った彼女は、たおやかな指をそっと差し伸べて僕の頬に触れ、僕を抱き寄せて唇をゆっくりと動かした。
 心地いい声が、僕の望んでいた言葉を紡ぐ。
「二度と離さない」
 そして、僕は彼女の腕の中で冷たいけれど幸せな眠りについた。


お題:「そよ風」、「着物」、「衣擦れ」で創作しましょう。 http://shindanmaker.com/138578
雪女でもほのぼのした話を書いてみたいんですが、何故かこんな感じに(^^;)。

薬売りの話、好評でよかったです。ありがとうございます。
ちょっとぶっきらぼうだけど優しい、って言うのがいいんですかねw
・・・えっと、ツンデレ?www


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【530】

 彼は菅笠をかぶり、大きな木の箱を背負ってやってくる。
 頼まれればついでに何でも持ってきてくれるが、本業は薬屋だ。
「いい薬が手に入った。今度は絶対に治る」
 商人にしてはぶっきらぼうな物言いで、どかりと床に木箱を下ろすと、薬屋は箱からいくつかの包みを取り出した。
「わざわざありがとう」
 布団から身を起こしてそう言うと、彼は不機嫌そうな顔をますます不機嫌そうに歪ませる。眉間に深いしわが寄っているのがおかしくて思わず笑うと、薬の包みが飛んできた。慌てて受け取った私に、薬屋の鋭い声が追い討ちをかける。
「笑っている場合か!この前はもう少し顔色が良かったろう。不摂生をしているのではないか?だいたいなんだ、夏には元気になって月見の宴には参加するとか大口をたたいておいて、風邪で寝込んで部屋も出られなかったと聞いたぞ!」
「・・・ごめん」
 そうだった。
 夏に彼が来た時に、月見の宴までには床上げすると約束していたのだった。
 結局病は休みなしに私を訪れ、月見はおろか初冬の今まで床を上げる暇もなかったのだけれど。
「もうお前のそれは聞き飽きた」
「え?」
「目を離すとすぐに無理をして倒れる奴など、放っておけるか。治るまで、俺がお前を見張っておくからそう思え!」
 一息に言い切る薬屋を、私は呆然と見つめた。
「それはつまり・・・当分ここに居てくれるということ?」
「それ以外に聞こえたのなら、耳までおかしくなったということだな」
 そっぽを向く彼の頬が少し赤い。
 私は嬉しくて、布団に顔を半分隠して呟いた。
「じゃあ、治らなかったらずっと居てくれるのかな・・・」
「いいか!治らないでいいとか馬鹿なことを考えたら、薬は五割増で苦くしてやる!」
 途端に罵声が飛んできて、私はひゃあと布団にもぐりこんだ。
 

お題:「月見」、「薬」、「商人」で創作しましょう。 http://shindanmaker.com/138578


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【529】

「もうこんな時期なのか」
 庭に南天の実が赤く色づいているのを見て、彼はうっすら微笑んだ。
 病を得てから縛り付けられている部屋だが、襖をあければ庭が見渡せる。狭くとも、四季折々の表情を見せる草木は、彼の安らぎとなっていた。
 彼は上着を羽織ると庭へ出た。
 たわわに実をつける南天を一枝だけ折り取って、部屋へ戻る。
 それだけで薄くなった胸は締め付けられ、息が荒くなる。
 動かないことで足も腕も筋肉が落ち、始終浮かされている熱で節々が痛む。
 それでも彼は微笑んで、畳に張り付いてしまったような薄い布団に戻ると、文箱から久しく使っていない組紐を取り出した。
 それは髪の結い紐として長年使っていたものだった。
 病で臥せるようになってからは、髪を結うこともなくずっとしまってあったものだ。
 それを南天の枝にくるりと巻いて蝶結びにする。
「うん、似合う」
 白に青を混ぜた柔らかな色合いの組紐は、まるで羽衣のように淡く南天を彩った。
「これで、いい」
 枝を枕元に置いて、彼は力尽きたようにぱたん、と布団に転がる。
 紐をくれたときの照れたような笑みが、脳裏に浮かんだ。
 お返しもしないうちに臥せってしまったから、心残りだったのだ。
 せめてこの枝を君に。
 きっとこの南天が枯れる前に、君はこれを見つけるだろう。
「・・・あまり、君が泣かないといいけど・・・」
 彼はそう呟いて、ゆっくりと目を伏せた。


お題:「畳」、「組紐」、「南天」で創作しましょう。 http://shindanmaker.com/138578


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【528】

「姫君のご機嫌がうるわしくないとか?」
 花街一の楼閣の太夫を相手に、その男は軽い口調で言うと翡翠の瞳を細めて笑んで見せる。
 その余裕が面白くなくて、夕菊は相手の額を扇子でぴしゃりと叩いた。
「いてっ」
 ひどいな、と額を押さえる男に、夕菊は冷たい視線を浴びせる。
 この、一番人気の自分を散々待たせておいて、開口一番の台詞がそれか。
 もちろん、夕菊には、それが男の照れ隠しであるとわかっている。
 猫のように本心を見せるのが苦手で、その気になれば甘い台詞などいくらでも吐くくせに本気で惚れるのはただ一人。
 ふわふわと浮き草のように見えて、奥の奥に氷のような孤独を抱えている、そんな男なのだと知っている。
 だが、それを暴くのも無粋。
 しかし、その軽い言葉にのるのは不本意。
 だから夕菊はわざと呆れたふりをする。
「今度そんな口をきいたら三味線にしますえ」
 この男にだけは甘い言葉も、世辞も、花魁の手管も使わない。
 本気で惚れた相手に対する、それが夕菊のけじめだった。
 男にはそれがわかっているのか、ただ苦笑をうかべ、そっと腕を伸ばすと夕菊を抱き寄せた。
 額をその首筋にうずめ、表情を隠す。
 そして、かすかに震える声でぽつりと「遅くなってごめん」と囁いた。


お題:「花街」、「翡翠」、「姫君」で創作しましょう。 http://shindanmaker.com/138578
「運命の相手」が再開した時花魁だったら。
一度目は知らずに会って、そこで気付いたら、二度目はきっと悩んだりしてなかなか会えないのではないか。
そんなシチュエーション。
ちなみに、この男は翡翠といいまして、猫又です。
それをわかっているので、夕菊は「三味線にする」と言っているのですねw


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宵月楼 店主
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非公開
自己紹介:
オリジナルの短い文章を書いています。アニメ、ゲーム、小説、マンガ、音楽、手作り、すべてそれなりに広く浅く趣味の範囲で。
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