忍者ブログ

宵月楼-しょうげつろう-

あやかし風味。ミステリー皆無。恋愛要素多少混入。

[222]  [221]  [220]  [219]  [218]  [217]  [216]  [215]  [214]  [213]  [212

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

【543】

 気がつくと、そこは小舟の中だった。
 水の音と、きいきいという櫂の動く音がする。
 ゆらゆらと揺られながらうっすらと目を開けて、彼女は船尾で櫂を操っている男を見上げた。
 まだ夜だった。
 星明かりではやはり顔は良く見えないが、動きに合わせて無造作に首の辺りで結わえただけの髪が踊るのが見えた。
 その揺れて時折風になびく髪がきれいだと思った。
「ああ、気がついたか?」
 笑みを含んだ声が降ってきて、彼が気付いていると知った彼女は、体を起こすと座りなおした。
 逃げる気はない。
 泳ぐことは出来ないのだから、水に入るのは死ぬようなものだし、それならばもっと切羽詰ってからでも遅くはない。
 ただ、自分はどうなるのか、それが知りたかった。
「ここはどこか聞いてもいいですか?」
「すまねえな。それは言えねえ。だが、三途の川の渡し舟じゃないことは確かだ」
 冗談めかしているが、当分は生かされているということなのだろう。
「私は身寄りもなく、お金も持ち合わせていません。もしお金が目当てでしたら、満足するほどはお渡しできないと思います」
「知っている」
「知ってる?」
 驚いて目を見開くと、男は苦笑して河岸に舟を寄せた。流れないように固定させてから、彼女の前にどかりとあぐらをかいて座る。
「ああ、知っている。あんたが一人で暮らしていることも、人には言えぬ力を持っていることも、その力を使っても代価は受け取ろうとしないことも。だから、裕福でないこともわかっている。若菜殿」
「あのようなひと気のない場所で行き会ったのは、偶然ではなかったのですね」
 ため息をつくと、若菜はそっと目を伏せた。
「そうだな。俺の仕事は、あんたを調べ、待ち伏せてかどわかすことだったからな。あんたの持つ、先を見通す力。それを主が欲しがっている。あんたをかどわかし、強引に婚姻を結び、一生その力を自分のために使わせる、そういう計画だ。さっきは三途の川じゃねえと言ったが、あんたにとっちゃ似たようなものかも知れねえ」
 若菜はため息をついて、口調のわりには優しい表情を浮かべている男を見つめた。
「自分が絡むと、先を見通すことは出来ません。でも、いつかこうなるのではないかと思っていました」
 人は誰しも未来を知りたがる。特に欲が絡む出来事ならなおさらだ。
 そして、いくら隠していても、勘が鋭いと誤魔化しても、噂は流れるものなのだ。
「特に身を守る術も持たない女の身ですから、自害する他、逃れる術はありません。でも、貴方に止められてしまうでしょうね」
「物分りが良すぎるのも、損だな。例えば、こんな未来はどうだい?」
「え?」
 聞き返す前に、体がふわりと浮いた。
 気がつけば、男の肩に担がれている。そして、目の前に刀が差し出された。
「鞘、握れ」
 呆気にとられ、言われるがままに鞘をつかむと、男は空いている片手でその鞘から刀を引き抜いた。若菜の手には殻の鞘だけが残る。
「何を?!」
「あんたをあの強欲じじいに渡すのが、ちょいと惜しくなったのさ。俺は元々盗人だからな。このままあんたを盗むことにする」
 そして、闇に向かって彼は大声を張り上げた。
「そういうことだからよ、このかまいたちの十夜に斬られてもあのじじいに義理立てしようって奴はかかって来な!」
「裏切るのか!」
「させぬぞ、十夜!」
 どこに潜んでいたのか、幾人もの影が現れる。
「やっぱり監視してやがったか。若菜殿、その鞘落とさないでくれよ?」
 十夜と名乗った男は、そう言うと、若菜の返事も聞かずに走り出した。
 女一人担いでいるとは思えない身のこなしで、襲い掛かる影をなぎ払っていく。
 若菜は鞘を彼の剣の邪魔にならぬようしっかりと握って、何故か彼の言いなりに担がれたままになっていた。
 自分の未来は見えない。
 だが、強引とも言える力で流されていく自分の未来に不安は感じなかった。
 そして、彼が刀を振るうたびに揺れる髪がやはりきれいだと、何故かそんなことをぼんやり考えていた。


 お題:「渡し舟」、「鞘」、「婚姻」で創作しましょう。 http://shindanmaker.com/138578
拍手ありがとうございます。
これの前の話で、娘さんかどわかされて、「えええ?」って感じだったので、続きを書いてみました。
どないでしょう?(^^)


参加しています。もしよろしければクリックお願いします。
にほんブログ村 小説ブログ 掌編小説へ
にほんブログ村

拍手[0回]

PR

この記事にコメントする

お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード
携帯用絵文字   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字

この記事へのトラックバック

この記事にトラックバックする:

誓約 HOME かどわかし

HN:
宵月楼 店主
性別:
非公開
自己紹介:
オリジナルの短い文章を書いています。アニメ、ゲーム、小説、マンガ、音楽、手作り、すべてそれなりに広く浅く趣味の範囲で。
カウンター
カレンダー
10 2024/11 12
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

忍者ブログ [PR]
template by repe