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宵月楼-しょうげつろう-

あやかし風味。ミステリー皆無。恋愛要素多少混入。

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【654】

 黄昏時に出会うものは、人かあやかしか判然としない。
 人の形をしていてもあやかしかも知れぬし、一見あやかしのような風体でも人であるかも知れぬ。
 だが、その男はそのようなことはどうでもよいと思っていた。
 人であろうが、あやかしであろうが、謀る者はいる。刃を突きつける者、盗む者もどちらにもいる。
 それと同じように、助けを求める者もどちらにもいるのだ。
 だから、黄昏時に見つけた少年も、躊躇なく拾って介抱した。
 たとえその少年が、茶金の輝くような髪をし、人よりも長く伸びた耳は柔らかな毛に覆われ、柔らかく太いふさふさとした尻尾を持っていたとしてもだ。
 さすがに人目に晒すわけにもいかず、寂れた神社の社殿の軒先を借りて少年を横たえ、男はまだ五歳くらいの娘に手ぬぐいを渡した。
 娘が手水鉢で濡らしてきた手ぬぐいで顔をぬぐってやると、少年は少し眉をしかめゆっくりと目を開けた。
 琥珀色の美しい瞳が、宙をさまよう。
「目が覚めたか?」
 男に言われて、ぼんやりとしていた瞳に次第に光が戻ってくる。
 そして、にこにこと顔を覗き込む親子に気付いて、がさっと後ずさろうとした。
 しかし力が入らず、ほんの少し動いただけで手の力が抜け突っ伏してしまう。
「ああ、いきなり動くでない。安心しろ。我らはお前を同行する力などないからな。ああ、この刀とてなまくらだ」
 屈託なく笑って男はもう一度手ぬぐいを冷やそうと立ち上がった。
「美緒、見ててやってくれ」
「はい、父上!美緒が狐さんを見てます!」
「え?あ・・・」
 名を美緒というらしい少女の言葉に少年は慌てた。耳も尻尾も誤魔化しようのないほど表に出ている。
「どうしたの?狐さん、具合悪い?」
 蒼白になった少年の顔を美緒が覗き込んだ。思わず目が合って、少年は驚く。そこには好奇も恐れも存在せず、ただ純粋に心配だけがあふれていたのだ。
 なぜかすとんと肩の力が抜けた。
 少年はあきらめたようにごろりと仰向けになった。
「変な親子だな。俺が怖くねえのか?」
 そう言うと、美緒は小首をかしげた。そして、ふさふさした少年の尻尾をそっと触ってみたりして、くすくすと笑う。
「怖くないよ?狐さん怖いかんじしないもん。尻尾気持ちいいし」
「こら、触るんじゃねえよ。むやみにあやかしにかかわるとろくな事ねえぞ。わかってんのかよ」
「まあ、その点は大丈夫だ」
 戻ってきた男が笑って手ぬぐいを差し出した。思わず受け取ってしまい、少年は顔をしかめたが、文句は言わず顔を自分で拭う。
 ひんやりとした感触が心地よかった。
「美緒は敏感だからな。こいつが怖くないと言えば、まあ、大体危険はないのだ」
「へえ・・・」
「ところで、怪我もなさそうだが、なんで起き上がれないのだ?」
 男の問いに答えようとした少年よりも早く、少年の腹がぐう、と鳴った。
 一瞬の静けさの後、親子は遠慮なく大笑いする。
「なんだ、腹が減って行き倒れていたのか」
「う、うるせえ!人の金はなかなか稼げねえんだよ!」
 顔を真っ赤にして言い訳をしてみたところで、親子の笑いは止まらない。いい加減ばかばかしくなって、少年はごろりと背を向けた。幸い簡単には死なない体だ。拾われた時には、ちょっと目が回って山の斜面を滑り落ちてしまったが、怪我もなかったことだしあとで狩りでもすればいいのだ。
 そう思っていた少年の目の前に、いなりずしが現れた。
「あ?」
「狐さん、運がいいね。美緒たち、今朝までいた宿場でいなりずし作ってもらったんだよ。狐さんだからおいなり好きでしょ?」
 美緒の笑みにつられて、またもつい受け取ってしまう。
「どうぞ?」
 すすめられて口にほおばると、今まで食べた何よりも美味しかった。
 食べ物を体に入れたからか、少し力が戻る。ゆっくりと体を起こし、少年は呟いた。
「・・・うまい」
「でしょ?美緒もいなりずし大好き!はい、もう一個」
 一個、と言いながら包みごと渡してくる美緒に、少年は慌てた。
「お前たちの飯だろう!」
「食べろ。この先何をするにもまずは腹ごしらえだろう。我らは少し歩けば街道でいかようにもなるからな」
 男の言葉と、何よりも美緒が口の無理矢理入れようとするので、少年はありがたく五つあったいなりずしをすべて平らげた。もしかしたら使ってあったあげは稲荷社に供えたものだったのかもしれない。すっかり力が戻っている。
「ご馳走様」
 手を合わせそう言うと、美緒が笑った。
「狐さん、お行儀いいね」
「なんだ、俺が行儀良かったらおかしいかよ」
「これからどうするのだ?路銀はないのだろう?」
 男に問われ、少年は苦笑した。
「なんとかなるだろ」
「行くあてはあるのか?」
「いや・・・」
「では、我らと旅をせぬか。いや、少しの間だけでいい。我らも路銀を稼ぎつつの旅だ。多少稼いでお前に持たせてやれるまでだ。どうだ?」
 男の申し出に少年は呆れた。
「俺は妖狐だぞ?わかってるのか?」
「わかっている。だが、一人残しておくのも心配でなあ」
「狐さん、美緒たちと一緒に来てくれるの?」
 男の心配だけなら無用だと突っぱねることもできたが、美緒の目が期待にきらきらと輝くのを見て、少年は言葉を飲み込んだ。
 自分を見上げてくるその瞳が心底嬉しそうだったのだ。
 少年はため息をついて、ぽん、と拍手を打った。
 すると、髪は黒く、耳は人のものにかわり、尻尾は消える。どこをどう見ても人にしか見えない姿になって、立ち上がった。
「・・・気が変わったら別れるからな」
「わーい!狐さんといっしょ!狐さん・・・じゃ、おかしいよね?お名前は?」
「名前?名前なんかねえよ。狐は狐だ」
「それじゃおかしいよ。父上」
「・・・そうだな。目が琥珀色だったから、琥珀、というのはどうだ」
「安直じゃねえか」
「琥珀!きれいな名前!」
「そうか、美緒は気に入ったか。じゃあ、琥珀で決まりだな」
「勝手につけてんじゃねえよ!俺の名前じゃねえのか!」
「琥珀、行こう!」
 文句をつけていたはずが、琥珀と呼ばれて美緒に手を引かれて少年は思わず歩き出していた。男が後ろで楽しげに笑う。
「決まりだな」
「・・・仕方ねえなあ」
 ほんの気まぐれで旅の道連れになるだけだ。その間の仮の名前だと思えばいいだろう。そう考えて、ため息をつくと少年はその名を受け入れた。
「ほんとに少しの間だけだからな!」
 そう言って、琥珀は美緒を抱き上げた。
 食わせてもらった恩を返すまで。それまでだと自分に言い聞かせて、それでも道連れのできた旅に胸が高鳴るのを抑えられずに笑った。


 お題:「黄昏」、「琥珀」、「妖狐」で創作しましょう。 #jidaiodai http://shindanmaker.com/138578
つい長くなってしまいました。お題にミラクルが起きたのでwww
時間があったら加筆したいです。


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オリジナルの短い文章を書いています。アニメ、ゲーム、小説、マンガ、音楽、手作り、すべてそれなりに広く浅く趣味の範囲で。
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