忍者ブログ

宵月楼-しょうげつろう-

あやかし風味。ミステリー皆無。恋愛要素多少混入。

[283]  [282]  [281]  [280]  [279]  [278]  [277]  [276]  [275]  [274]  [273

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

【658】

 浪人は、川原で一人ため息をつく。
 わずかな仕事で日銭を稼ぎ、仕官などするあてもなく、このまま何の生きがいもなく生きてゆくのも虚しいだけ。
 いっそ武士など辞めてしまおうか。
 腰の刀を外して、川へ捨ててやろうかと思ってみたりもする。だが、いざとなるとその手はなかなか離せない。
 ふと見上げた月は細い三日月で、まるで情けない己をあざ笑う猫の目のようだ、と思った瞬間、背後でにゃあと鳴き声がした。
 男はびくりと振り返る。
「ほんとうに後悔しない?」
 三日月程度しか光の無い夜では、声はすれども人の姿は見えず。
 よくよく目を凝らしてみれば、まるで翡翠のような緑色の瞳が己をじっと見据えていた。
「まあ、身の振りかたなんて人それぞれだけどね、川に捨てちゃ河童が迷惑するんだよ。どうせなら置いてけ堀あたりに行っといでよ。嫌でも身ぐるみ剥いでくれるよ」
 声と共に闇を切り取ったような黒い猫が姿を現す。
 翡翠の瞳がにやりと三日月のように細められた。
「ね、猫・・・猫が・・・!化け猫!」
 しゃべったのが目の前の猫であると気付いて、浪人はがたがたと震えだす。
 そして、猫が大きなあくびをした途端、慌てて逃げ出した。
「うわー、失礼な奴」
 くすくす猫が笑うと、川面にぽちゃんと丸いものが浮かび上がった。
「猫又よ。とりあえずは感謝する。あのようなものを投げ込まれては、錆びれば川が汚れるし取り戻そうとされては荒される。どちらにしても迷惑なだけだからな。だがいささか意地が悪かったのではないか?」
「河童の大将はお人よしだなあ。脅かすのが一番後腐れないじゃないか。武士ならまさか化け猫に腰抜かしました、なんて言えないでしょ?」
 それにね、と猫は少し苦笑した。
「なんだかんだ言って、しっかり持って帰ったじゃない」
 刀を捨てられないなら、まだ悩むことなんかないのだ。それにあの男は気付くだろうか。
「まあ、どっちにしろむいてないことは確かだけどね。だって、僕を見ても刀抜かなかったもんねえ」
「確かに」
 笑う河童に尻尾を振って見せて、猫は川原をあとにした。
 単に人を脅かして遊びたかっただけだったのだが、まあ、役に立つのも悪くない気分だった。


お題:「三日月」、「翡翠」、「浪人」で創作しましょう。http://shindanmaker.com/138578
いつも拍手ありがとうございます。


参加しています。もしよろしければクリックお願いします。
にほんブログ村 小説ブログ 掌編小説へ
にほんブログ村

拍手[0回]

PR

この記事にコメントする

お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード
携帯用絵文字   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字

この記事へのトラックバック

この記事にトラックバックする:

盗人 HOME 兎と鬼と僕の言葉

HN:
宵月楼 店主
性別:
非公開
自己紹介:
オリジナルの短い文章を書いています。アニメ、ゲーム、小説、マンガ、音楽、手作り、すべてそれなりに広く浅く趣味の範囲で。
カウンター
カレンダー
10 2024/11 12
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

忍者ブログ [PR]
template by repe