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宵月楼-しょうげつろう-

あやかし風味。ミステリー皆無。恋愛要素多少混入。

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【648】

 すっかり紅葉も散っちゃった。
 僕は久しぶりに森を歩く。
 最近は寒い日が多くて外に出たくなかったけど、今日はどうしても用事があって出なきゃいけなくて。
 都合よく天気がよくて少し暖かかったから、足を伸ばしてみたんだ。
 春の桜、夏の青葉、秋の紅葉と森はいろんな顔を見せてくれるけど、冬の枯れ木の寒々しさだけは僕は好きじゃない。
 なんだか寂しいし、木の間を渡る風の音も寒々しいし、とがった枝はどこかよそよそしく見えて。
 手を当てるとその幹の中で、春を待って力をためてるのはわかるんだけどね。
「はあ。来るんじゃなかったかな」
 冬の景色に風情を感じるような柄じゃないしね。
 そう思って来た道を戻ろうとしたら、向こうの方から女の子が走ってくるのが見えた。赤い着物が、下草も葉っぱもないがらんとした木の間に良く見える。
「翡翠ー!見つけたー!」
 凛音はばたばたと走ってきて、どーんと僕にぶつかるような勢いで飛びついてきた。いや、これはもう実際ぶつかったようなもんだよ。咄嗟に受け止められたからいいものの、着物姿で全力疾走なんて。
「おてんばが過ぎるよ、凛音。いったいどうしたの」
「今日ね、琥珀と桔梗堂さんに行って来たの」
「版元の?ああ、また話を売りに行ったのか」
 桔梗堂は絵草子や仮名草子を売る小さな版元だ。琥珀とは顔なじみで、時々あやかしの話をしてはそれを本にした売り上げをもらっているらしい。
「それで?」
「これ、もらった!」
 凛音が袂から紙の包みを出した。あ、これ、商売敵だって言ってた地蔵堂の瓦版じゃないか。
 だけど、くしゃくしゃになった紙は凛音には重要じゃないみたいで、それに包まれた中身の方を大事そうに開いて僕に見せた。
「あ、金平糖」
「翡翠、好きでしょ?一緒に食べよ」
「そのためにわざわざこんなとこまで来たの?」
 僕は呆れる。第一、この森は迷いやすくて有名なんだ。来ちゃいけないって言ってあるのに。
 でも、見下ろした凛音が赤いほっぺたで息を弾ませて嬉しそうに笑ってるもんだから、小言は喉の奥に引っ込んでしまった。
 まあ、いいよ。小言を言うのは瑠璃丸に任せておけば。
「じゃあ、帰ろうか」
「うん」
 僕は金平糖をつまんで自分と凛音の口に一個ずつ放り込むと残りはもう一度凛音の袂にしまった。そして、小さな手を繋いで、歩き出す。
 この子が迷わなくてすんだから、まあ、冬の木立も悪くないかもね。
 そんな勝手なことを思って、僕はくすりと笑った。


お題: 「瓦版」、「金平糖」、「紅葉」で創作しましょう。 #jidaiodai http://shindanmaker.com/138578
あまり読んでない方には、誰が誰かの固有名詞で申し訳なく(^^;)
一応こちらに簡単な説明はあるのですが、翡翠は猫又、琥珀は妖狐、瑠璃丸は犬神、凛音は龍と人の子でして、カテゴリーの【オリジナル】に掌編がいくつかございます。
時代は江戸の頃、片田舎に四人で暮らしています。
なので二人とも着物ですね。
凛音は女の子なので赤い可愛らしいもの。翡翠は薄い色の着流しでしょうか。
そんなこんなで今回は翡翠のお話でした(^^)。

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オリジナルの短い文章を書いています。アニメ、ゲーム、小説、マンガ、音楽、手作り、すべてそれなりに広く浅く趣味の範囲で。
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