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宵月楼-しょうげつろう-

あやかし風味。ミステリー皆無。恋愛要素多少混入。

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 ちょっと気を抜いただけなのだ。
 本当に、ほんの一瞬。
 だが、その一瞬にすべては起こってしまった。
 捕まっていた雲から爪が離れた瞬間、激しい風に攫われて我の体は飛ばされてしまった。
 暴れる風を抑えることも、体勢を整えて風に乗ることもできず、体は雲を突き抜けて下界へ落ちる。そこへ、激しい雨と雷が体にたたきつけた。
 怪我などはするはずもないが、それでもその衝撃で我を意識を失っていたらしい。
「・・・ぶ?」
 ゆさゆさと体が揺さぶられる。
 ゆっくりと意識がはっきりしてくる。
 風に弄ばれたせいで気分が悪いのだ。そう揺するでない。そう言ったつもりだったが、相手には聞こえていないらしい。
「大丈夫?ねえ、大丈夫?」
 さらにぐらぐらと揺すぶられて、我はかっとなった。
「揺するでないわ!気分が悪いのだ!」
 そう叫んで、やっと視界が広がる。
 そこは、そう、以前母に見せてもらった下界の川岸だった。
 以前見た時は澄んだ水を湛えていた川は、先ほどの雷雨のせいか水量を増して我のすぐそばをごおごおと流れている。
 我をぐらぐらと揺さぶった子供は、その川に少し足を踏み込んでいた。
「濡れておる」
「え?」
 子供が首を傾げる。
 我は起き上がると子供の手を引いて、川から遠ざかった。そして、やっと、自分が人の形をしていることに気付く。
 手を離し、自分の手を見つめ、体を見下ろす。
 下界へ落ちたとき、とっさに変化の術を使ったのだろうか。どうやら、目の前の子供とそう変わらぬ年の姿かたちをとっているようだった。
「女子のくせに水の中におるでない。着物が台無しであろうが」
 可愛がられているのであろう。華美ではないが可愛らしく良く似合っている薄紅の着物が、あろうことか泥に染まっている。我のせいでそうなったのだと思うと、心が痛んだ。我が失敗しなければ、この少女は着物を汚さずに済んだはずだ。
 だが、少女はにこにこと笑って遠慮無しに我の手足に触れた。
「体は大丈夫?」
 初めての感触に驚く。思えば他人とこんな風に触れたことはない。
 温かい。
 そして、とても優しく心地いい。
「あ、ああ。すまぬ。迷惑をかけた」
「手も足も無事みたいだね。あ、おでこにちょっとすり傷」
 少女はそう言ってそっと我の額を触った。確かに少しだけぴりぴりと痛む。怪我など初めてした。
「うちに来て。手当てしよう?」
 今度は少女が我に手を差し伸べた。
 面食らっていると、少女は我の手を優しく握った。
「私は凛音。あなたは?」
「・・・青嵐」
「せいらん?いい名前。ね、青嵐、行こう!」
 邪気のないその笑顔に、我は思わず頷いていた。


「で、うちまで連れてきちゃったの?」
 凛音の家は人里から少し離れた田舎風のものだった。
 中に入ると囲炉裏がきってあり、我は有無を言わさず着物を脱がされて大きな着物をかわりに着せられ、そばに座らされた。
 面食らっているうちに手には温かな椀を持たされ、いささか強引に飲めと勧められる。
 飲むと、体が内側からほかほかと温まった。
 温まれば気持ちに余裕ができるのか、我は我と凛音の世話を焼く男たちをやっとちゃんと見ることができた。
 そして、驚く。
 凛音と同居しているという三人の男たちは、どれもあやかしだったのだ。
「翡翠、困ってたら親切にするんだよ。ね、瑠璃丸」
「そうだな。凛音は賢いな」
 翡翠と呼ばれた黒髪の男は我をじろじろと見ている。
 さきほど「僕の作った甘酒が飲めないの?」などと言って我に椀を渡したのもこの男だった。負けずに睨み返すと、にやりとなぜか笑みを浮かべた。背筋が少しぞわりとする。まさに、獲物を見る猫の瞳だった。
「瑠璃丸は無責任だな。わかってんの?この子が何者か」
「ああ」
 白く長い髪の瑠璃丸というあやかしは無口で大人しい性質なのだろうか。言葉少なく答えるだけだったが、その目はわれをじっと見つめていた。
 碧の瞳は深い湖のように底が見えない。だが、これは促されているのだろう。
 年上のあやかしたちの微妙な態度に少し不安そうな表情を浮かべる凛音に、我は向き直った。
「すまない。凛音を人と思うたゆえ、何も言わなんだ。我は・・・龍の子だ」
「龍?」
 凛音が目を見開いた。
「だよねえ。生粋の龍でも、嵐に飛ばされたりするんだね」
 どうやら、猫のような男は性格も猫のように意地が悪いらしい。
「言い訳はせぬ。我の失態だ。世話になった。礼を言う」
 むかっ腹を立てても助けられた事実は変わらぬ。我はこの男ほど子供ではない、と自分に言い聞かせて頭を下げた。
 その頭をわしわしとかき回される。驚いて顔を上げると、琥珀色の狐のようなつり目の男が我を見下ろして、にっと笑った。
「助けたのは凛音だろ。ここにいるのははぐれあやかしみたいなもんだし、堅苦しいのは無しだぜ」
 金茶の髪を束ねもせず、少し着物を着崩して煙管を持つその姿はどうにも浮ついて見える。だが、どこか強く清らかな力を感じる。そのせいか、その口調でもならず者には見えない。
「琥珀はね、かたくるしいの嫌いなんだよね」
 凛音がその男の腕に絡み付いて言うと、琥珀と呼ばれた男は少ししかめ面をした。
「あのなあ・・・」
「で、空へは帰れるのか?」
 まるで人の親子のようにじゃれる二人を優しい目で眺めていた瑠璃丸が、やがて我を方を向いて静かに問うた。
 我は思わずため息をついた。
「我はまだ高い場所まで飛ぶことができぬ。母が迎えに来てくれるまで待つほかない。おそらく、さほど時間はかからず来てくれるであろうが・・・」
「じゃあ、ここで待ったらいいよ!」
 凛音が我の顔を覗き込んで言った。
「ね、琥珀、いいでしょ?龍のお話聞きたい!」
「龍の、話?」
「うん」
 凛音があまりに一生懸命なので、我が面食らっていると、琥珀が笑った。
「凛音は龍の血をひいてんだ。親父さんが龍でな」
「え?」
 人だと思っていた我は驚いて凛音を見た。
 よくよく探れば、微かに同族の血を感じる。
 凛音の手を取り、目を閉じる。
 水に近しい龍の血。同時に山の気配も感じる。山の神社に祀られている龍神であろうか。
 しかし。
「・・・かなり強い封印が施されておる。我では剥がせぬほどの」
 呟くと、ぴくりと凛音の手が震えた。
 心のざわめきを感じて、我はまたしくじったことを悟った。
 龍は親子といえどもこれほど温かく親しくすることはない。基本、一人で生きる生き物だからだ。だから、これほどに柔らかく壊れやすい心に触れることなどなくて、戸惑う。
「立ち入ったことを言って申し訳ない・・・」
 目を開けたものの凛音を見る勇気が出ず、我は床を見つめた。
 何故か目頭がつん、と痛んだ。
 半分人とはいえ、あやかしの力を封じられている子供。
 親と暮らしていないことといい、色々とあるのであろう。
 だが、この子供を我はすでに気に入っていた。
 いや、単純に思ったのだ。
 泣かせたくない、と。
 そして、同時に怖いと感じていた。
 嫌われたくない。
「・・・その・・・」
「青嵐、ありがとね」
「え?」
 顔を上げると凛音が笑っていた。まだ手は繋がっている。温かく柔らかい手のひらが我を拒絶せず包み込んでいる。
「凛音・・・」
「私ね、父上が龍だって言われてもあまりよくわかんなかったんだ。水は好きだけど雷は怖いし、体は全部人と変わらないし。翡翠は猫又で、瑠璃丸は犬神。琥珀は妖狐だから時々戻った姿を見るけど、私は姿を変えるどころか不思議な力もなんにもないし」
 少し寂しげな笑みは、さっきまでの夏の太陽のような笑みとは違っていた。
 あやかしたちに囲まれて、自分の存在があやふやで不安なのだろうか。
 思わず握る手に力を込める。
 すると凛音も握り返してきた。
「でもね、青嵐が・・・龍の青嵐が言ってくれたら、信じれる。なんか、わかるんだ。似てるって。青嵐が落ちた時ね、私、居場所がわかったの。呼ばれてる気がした」
「血が・・・同族の血が引きおうたのだな」
 凛音は頷いて、もとの明るい笑顔に戻った。
「うん。だから、聞かせて。龍のこと。父上とは会った事ないから、何も知らないの」
 あやかしたちを見ると、無言で笑みを浮かべていた。
 凛音の希望を叶えてやれと言われているようで、我はぽつぽつと龍について語り始めた。
 手は、ずっとつながれていた。


「・・・あ」
 どれほど凛音と話したり遊んだりしていただろうか。
 我はその気配を感じて、思わず立ち上がった。
「大きい・・・」
 凛音も感じたのだろう。天井を、いや、その上を見つめる。
 母龍の気配がした。
 我は無言で凛音の手を離すと、着物を着替えた。そして、外に出る。
 嵐が去ってすっかり晴れた空は、もう夕焼け空になっていた。
 その空に、長く体をくねらせた母の姿が見えてくる。それは蒼く煌いて、天に流れる大河のように見えた。
「凛音・・・」
「さよなら、だね」
 その寂しげな声にたまらなくなって、我は凛音の手をつかんだ。
 その手のひらに一枚、光るうろこをのせる。
「青嵐、これ」
「我のうろこだ。身の守りとなる。我は天の龍ゆえしょっちゅうは下界に降りて来られぬが、きっとまた来る。それまで、我を忘れずに居てくれるか?」
 凛音は手をそっと握ると、少し潤んだ瞳で嬉しそうに笑ってくれた。
「うん。待ってる。絶対忘れないよ」
 我はその手を引いて、凛音を抱きしめた。
 驚く凛音の耳元に囁く。
「いつか、我が母上のように大河の如き龍となったら、お前を嫁にもらいたい」
 小声とはいえ、獣のあやかしたちは耳もきっと良いだろう。
 ちらりと目をやると猫又は険しい顔をして、犬神は少し微笑んで、妖狐は驚いた顔でこちらを見ている。
 だが、聞こえていたって構わない、と思った。
 我は下界に落ちて、大事なものを見つけた。我を照らしてくれるお日様の笑顔を。
「お、お、お嫁さん?!」
「ああ、考えておいてくれ。我は本気だ」
「ちょっと、青嵐!」
「ちゃんと飛べるようになったら、また来る!」
 慌てるあまり涙もひっこんでしまった凛音をもう一度ぎゅっと抱きしめてから手を離す。
 そして、我は背を向けて駆け出した。
 大きな龍の姿の母が見る見る近づいて、我をすくい上げると背に乗せる。
 見下ろせば、あやかしたちも凛音も小さくなっていく。
 だが、凛音が笑って手を振っているのがわかった。
 笑顔にできてよかった。
 我はやっと、母の背に顔をうずめた。
 悲しいのか、寂しいのか、嬉しいのかわからないまま涙だけが流れ落ちる。
 涙を流す我に母は何も言わなかった。
 早く、できるだけ早く大人になって、またあの笑顔を直接見るのだ。
 大事な笑顔を胸にしまって、我はそう心に誓った。

 -終-

お題:辰(龍)
今年の干支をモチーフに書き始めたら、なんだか長くなってしまいました。
でも、5000字にとどいてないんですよね。
ほんと、長いの書けなくなったなあ・・・。


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鷹の目 HOME あやかしたちの年末年始

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オリジナルの短い文章を書いています。アニメ、ゲーム、小説、マンガ、音楽、手作り、すべてそれなりに広く浅く趣味の範囲で。
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