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宵月楼-しょうげつろう-

あやかし風味。ミステリー皆無。恋愛要素多少混入。

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【619】

 外に人の気配を感じて、私はそっと障子を開けた。
 月の光に照らされた庭に、山桜がはらはらと花弁を降らせている。
 人手がなく荒れた庭だが、この季節だけは少しだけ優しい表情を見せるような気がする。
 その山桜を見上げて手をさしのべている人影をみとめ、私は庭へ降りた。
 見知らぬ者であろうことはわかっていた。この季節、家の者は、そう、母ですら、私の部屋が見える辺りの庭へは姿を現さないのだから。
 誰何の声も上げず静かに近づいた私を、その人も静かな微笑みで迎えてくれた。
 姿からして、市井の行商人のように見えた。大きな背負い箱を脇に置き、少し大袈裟に一礼する。
「無断でお庭をお騒がせいたしました。こちらの若君でいらっしゃいますか」
「そうです。あなたは?」
「飴売りでございますよ」
 そう言って、男は私の手に薄い紙に包まれた飴玉を二個、ころんと落とした。
「この町中には珍しい山桜に誘われて、お邪魔いたしました。若君は聡いのですね。こっそり入り込んだ庭で見つかったのは初めてでございます」
 いたずらっぽい笑みに思わずつられて笑ってしまう。
「どうせ見る者も居ない桜です。心行くまで見ていってください」
 私がそう言うと、飴売りは少し訝しげに首をかしげた。
「なぜです?見事な桜ですのに。これは丹精されている証でありましょう?」
「昔の話です」
 私はそっと桜の幹に手を当てた。
「この山桜を植えたのは、父上でした。自分で手入れをなさって、とても大切にしておられました。ですが、三年前、切腹されてから、誰も春にはここに近寄りません。父上を思い出すのでしょうが、見事に咲いた桜が毎年少し不憫です」
「若君はお優しいのですね」
 飴売りはそう言って、私の頭を撫でた。
 それはまるで在りし日の父上の手のようで、私は思わずぎゅっと目を閉じた。そうしないと泣いてしまいそうだったのだ。
 少しの間そうしていたが、やがて聞こえてきた飴売りの声に私はやっと目を開けた。
「若君は、おいくつでいらっしゃいますか?」
「十になります」
「若君は、早く大人になろうとなさっているのですね」
 飴売りは優しく笑んで手に降りしきる花弁をいくつか乗せた。
「桜が散り終わる頃に、枝をお探しください。桜をみせていただいたお礼に、若君に贈り物を差し上げましょう」
「贈り物ですか?何を?」
 飴売りは背負い箱を背負った。
「飴売りは、飴しか人様に差し上げませぬよ。ただ、手前味噌ですが、少々特別な飴を作ることができるのでございます。では、失礼いたします」
 ざあっと風が舞った。
 花吹雪に思わず顔をかばう。
 手を下ろしたときには、もう、飴売りはどこにもいなかった。

 山桜は五日後、すべて散ってしまった。
 そして私は、赤茶色の葉が繁る枝に、小さな巾着が結びつけられているのを見つけた。
 中から出てきたのは、中に紅の花弁を封じ込めた飴玉。
 一つ口に含むと、優しい甘さと共に耳元で懐かしい声がした。
「焦らずに大人になれ、虎若」
 もう誰も呼ばない幼名で私を呼ぶ父上の声に、私は思わず泣き崩れた。
 父上が亡くなって初めて、子供に戻って大声で泣いた。
 

お題: 「切腹」、「味噌」、「飴売り」で創作しましょう。 http://shindanmaker.com/138578
さすがに味噌は絡めなくて、手前味噌でごまかしました(^^;
いまいち飴売りと若君の言葉遣いが同じようで、読みにくくてすみません。
でも、若君も、育ちがよければよいほど、初対面の人に対する言葉遣いはちゃんとしている気がするんですよね。
なので、あえて二人とも丁寧です。
しかし、十歳でこの口調は大人すぎたかな(^^;

拍手ありがとうございます♪
情景が思い浮かぶというのは、最高の誉め言葉です。
そして、その半分を読んでくださる人の想像力に任せているので、読者にも恵まれているなあとありがたく思うのです(^^)。


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世話焼きねずみ HOME 空を射る女神

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オリジナルの短い文章を書いています。アニメ、ゲーム、小説、マンガ、音楽、手作り、すべてそれなりに広く浅く趣味の範囲で。
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