宵月楼-しょうげつろう-
あやかし風味。ミステリー皆無。恋愛要素多少混入。
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大晦日。
人里から少し離れたその家は、古くこじんまりとしていたが暖かい空気で満ちていた。
除夜の鐘がかすかに聞こえる中、今夜は遅くまで明かりをつけ、囲炉裏に炭をおこしてある。
半龍半人である凛音は、その五歳ほどの少女の手には少し大きいどんぶりを一生懸命抱えて嬉しそうにそばを食べていた。
あまり季節の行事を経験していないせいで、何をするのも楽しいらしい。ましてや、夜更かしに夜中の食事となれば、子供なら誰でもはしゃぐというものである。
だが、凛音は不意に箸を止めると、宙を見据えて不思議な顔をした。
「あれ?」
声をあげた凛音に、同居するあやかしたちは一斉に視線を向けた。
「おそば、美味しくない?」
最初に声をかけたのは、猫又の翡翠。
自由に跳ねた黒髪と緑の瞳の猫又は、気まぐれで移り気な猫の性質のわりに器用で、料理は彼の担当である。他に任せると料理というのもおこがましいほどのものが出てくるので、まともなものを食べるためには仕方ない、と始めたのだが、今ではそれなりの腕前である。
ただし猫舌なので熱いものの味見だけはできない。
それゆえ、なにか味付けがおかしかったかと聞いているのだ。
どんぶりを持ったまま、凛音は首を振った。
「ううん、美味しいよ」
「良かった。のびるから早く食べなよ」
「うん・・・」
しかし、凛音はまだなにかを探るように宙に視線をさ迷わせている。
「凛音?具合でも?」
言葉少なに低めの声で静かに問うたのは、犬神の瑠璃丸であった。
雪のような白く長い髪と碧い瞳を持つ彼は、真面目な性格からいつしか行儀や読み書きを教えるようになり、凛音のことを母親のように気にかけるのがすっかりくせになっている。
それゆえ普段であれば様子がおかしいときにはほぼ原因は特定しているのだが、今は体の具合が悪いわけでもないし、何か思い悩んでいるというわけでもなさそうだった。
原因がわからず少し心配げな瑠璃丸に、凛音はこれも首を振った。
「具合、悪くないよ」
「じゃあ、どうした?様子が変だぜ?」
最後に妖狐の琥珀が言った。金茶の髪を背に流した琥珀は、切れ上がったその名の通り琥珀色の瞳を少し細めている。何事につけても大雑把に見えて、実は面倒見が良く心配性でもある彼は、娘のような凛音のことがかわいくて仕方ないのだ。
琥珀が、風邪でもひいたか、と身を乗り出して凛音の額に手を当ててみたりし始めたので、凛音は慌ててその手を押さえた。
「ごめんね。大丈夫だよ。ちょっと変な感じがしただけ」
「変って、何が?」
翡翠に問われて、凛音は天井を見上げた。
「うん・・・なんだかすごく大きなものが歩いていった感じがしたの。そしたら、すうって全部がきれいに澄んだ気がして・・・」
「ああ」
琥珀が笑って凛音の頭を撫でた。
「年が変わったんだ。良く気づいたな」
「年が?」
「そうだ。古い年神が去って、新しい年神がやって来た。年が改まって、すべてが新しくなった。それをお前は感じたんだよ」
凛音はそれで納得して、頷いた。
すうっとすべてが澄んで軽くなった感じがしたのは、古いものを古い年神が持ち去ったからだったのだ。
「俺たちは当たり前に感じていることだが、お前も感覚があやかしよりになってきたのかね。いいことか悪いことなのか」
半分人が混じっている凛音が、あやかしとして生きるのは難しいだろう、と人のように育てているつもりだったが、やはり生粋のあやかしたちに囲まれていれば、体の中のあやかしの力が目覚めてしまうのだろうか。
凛音が少しずつ人らしからぬ力に目覚めてゆくのを感じて苦笑した琥珀を、凛音は見上げた。
「悪いことなの?なんだかすごく気分がよかったよ?」
「いや、そうじゃねえんだ。気にすんな」
「悪いことじゃないんだね?良かった」
「あやかしに近かろうが、人に近かろうが、凛音は凛音でしょ。琥珀は心配しすぎなんだよ。あんまりいらない気を回してると、禿げるよ?」
「禿げねえよ!」
翡翠がからかい、琥珀が憮然として答えるのを見て、凛音が楽しそうに笑う。
瑠璃丸は、そんな凛音をかすかに微笑んで見ていたが、やがて持っていたどんぶりを床に置いて、居ずまいを正した。
「凛音、明けましておめでとう」
その声に、凛音もあわてて座り直す。
「明けましておめでとうございます。琥珀も、翡翠も、瑠璃丸も、今年もよろしくお願いします!」
そう言って、深々と頭を下げる。
「良くできたな」
瑠璃丸は優しく笑って凛音の頭を撫でると、ため息をついた。
「・・・恥ずかしくないのか?」
翡翠はどこ吹く風でその視線を受け流し、そばをすする。
「はいはい、明けましておめでとう。もうなん十回とやって来た年越しより、やっと冷めてきたそばの方が大事。冷ましながらのびる前に食べるの大変なんだから」
「知るか!猫舌なのが悪い!」
「凛音、今年もよろしくな。おい、瑠璃丸。めでてえんだから堅苦しい挨拶は抜きで飲もうぜ」
そう言う琥珀のそばには、年越しだからと買わされた酒徳利がごろんと転がっている。
「あんたはさっきからどれだけ飲んだんだ!」
声を荒げる瑠璃丸の着物を凛音は引っ張って笑った。
「瑠璃丸、いつも通りが一番だよ。こうやって一緒にお正月をできて、凛音、うれしいよ」
「・・・そうだな」
瑠璃丸は苦笑した。
けじめをつけたい気もするが、あやかしの長い生を考えると「いつも通りが一番」なのかもしれない。
「だが、あれは真似てはいけない」
真面目に凛音を諭す瑠璃丸を見て、琥珀が声をあげて笑った。
今年も、よろしくお願いします。
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人里から少し離れたその家は、古くこじんまりとしていたが暖かい空気で満ちていた。
除夜の鐘がかすかに聞こえる中、今夜は遅くまで明かりをつけ、囲炉裏に炭をおこしてある。
半龍半人である凛音は、その五歳ほどの少女の手には少し大きいどんぶりを一生懸命抱えて嬉しそうにそばを食べていた。
あまり季節の行事を経験していないせいで、何をするのも楽しいらしい。ましてや、夜更かしに夜中の食事となれば、子供なら誰でもはしゃぐというものである。
だが、凛音は不意に箸を止めると、宙を見据えて不思議な顔をした。
「あれ?」
声をあげた凛音に、同居するあやかしたちは一斉に視線を向けた。
「おそば、美味しくない?」
最初に声をかけたのは、猫又の翡翠。
自由に跳ねた黒髪と緑の瞳の猫又は、気まぐれで移り気な猫の性質のわりに器用で、料理は彼の担当である。他に任せると料理というのもおこがましいほどのものが出てくるので、まともなものを食べるためには仕方ない、と始めたのだが、今ではそれなりの腕前である。
ただし猫舌なので熱いものの味見だけはできない。
それゆえ、なにか味付けがおかしかったかと聞いているのだ。
どんぶりを持ったまま、凛音は首を振った。
「ううん、美味しいよ」
「良かった。のびるから早く食べなよ」
「うん・・・」
しかし、凛音はまだなにかを探るように宙に視線をさ迷わせている。
「凛音?具合でも?」
言葉少なに低めの声で静かに問うたのは、犬神の瑠璃丸であった。
雪のような白く長い髪と碧い瞳を持つ彼は、真面目な性格からいつしか行儀や読み書きを教えるようになり、凛音のことを母親のように気にかけるのがすっかりくせになっている。
それゆえ普段であれば様子がおかしいときにはほぼ原因は特定しているのだが、今は体の具合が悪いわけでもないし、何か思い悩んでいるというわけでもなさそうだった。
原因がわからず少し心配げな瑠璃丸に、凛音はこれも首を振った。
「具合、悪くないよ」
「じゃあ、どうした?様子が変だぜ?」
最後に妖狐の琥珀が言った。金茶の髪を背に流した琥珀は、切れ上がったその名の通り琥珀色の瞳を少し細めている。何事につけても大雑把に見えて、実は面倒見が良く心配性でもある彼は、娘のような凛音のことがかわいくて仕方ないのだ。
琥珀が、風邪でもひいたか、と身を乗り出して凛音の額に手を当ててみたりし始めたので、凛音は慌ててその手を押さえた。
「ごめんね。大丈夫だよ。ちょっと変な感じがしただけ」
「変って、何が?」
翡翠に問われて、凛音は天井を見上げた。
「うん・・・なんだかすごく大きなものが歩いていった感じがしたの。そしたら、すうって全部がきれいに澄んだ気がして・・・」
「ああ」
琥珀が笑って凛音の頭を撫でた。
「年が変わったんだ。良く気づいたな」
「年が?」
「そうだ。古い年神が去って、新しい年神がやって来た。年が改まって、すべてが新しくなった。それをお前は感じたんだよ」
凛音はそれで納得して、頷いた。
すうっとすべてが澄んで軽くなった感じがしたのは、古いものを古い年神が持ち去ったからだったのだ。
「俺たちは当たり前に感じていることだが、お前も感覚があやかしよりになってきたのかね。いいことか悪いことなのか」
半分人が混じっている凛音が、あやかしとして生きるのは難しいだろう、と人のように育てているつもりだったが、やはり生粋のあやかしたちに囲まれていれば、体の中のあやかしの力が目覚めてしまうのだろうか。
凛音が少しずつ人らしからぬ力に目覚めてゆくのを感じて苦笑した琥珀を、凛音は見上げた。
「悪いことなの?なんだかすごく気分がよかったよ?」
「いや、そうじゃねえんだ。気にすんな」
「悪いことじゃないんだね?良かった」
「あやかしに近かろうが、人に近かろうが、凛音は凛音でしょ。琥珀は心配しすぎなんだよ。あんまりいらない気を回してると、禿げるよ?」
「禿げねえよ!」
翡翠がからかい、琥珀が憮然として答えるのを見て、凛音が楽しそうに笑う。
瑠璃丸は、そんな凛音をかすかに微笑んで見ていたが、やがて持っていたどんぶりを床に置いて、居ずまいを正した。
「凛音、明けましておめでとう」
その声に、凛音もあわてて座り直す。
「明けましておめでとうございます。琥珀も、翡翠も、瑠璃丸も、今年もよろしくお願いします!」
そう言って、深々と頭を下げる。
「良くできたな」
瑠璃丸は優しく笑って凛音の頭を撫でると、ため息をついた。
「・・・恥ずかしくないのか?」
翡翠はどこ吹く風でその視線を受け流し、そばをすする。
「はいはい、明けましておめでとう。もうなん十回とやって来た年越しより、やっと冷めてきたそばの方が大事。冷ましながらのびる前に食べるの大変なんだから」
「知るか!猫舌なのが悪い!」
「凛音、今年もよろしくな。おい、瑠璃丸。めでてえんだから堅苦しい挨拶は抜きで飲もうぜ」
そう言う琥珀のそばには、年越しだからと買わされた酒徳利がごろんと転がっている。
「あんたはさっきからどれだけ飲んだんだ!」
声を荒げる瑠璃丸の着物を凛音は引っ張って笑った。
「瑠璃丸、いつも通りが一番だよ。こうやって一緒にお正月をできて、凛音、うれしいよ」
「・・・そうだな」
瑠璃丸は苦笑した。
けじめをつけたい気もするが、あやかしの長い生を考えると「いつも通りが一番」なのかもしれない。
「だが、あれは真似てはいけない」
真面目に凛音を諭す瑠璃丸を見て、琥珀が声をあげて笑った。
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HN:
宵月楼 店主
性別:
非公開
自己紹介:
オリジナルの短い文章を書いています。アニメ、ゲーム、小説、マンガ、音楽、手作り、すべてそれなりに広く浅く趣味の範囲で。
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