宵月楼-しょうげつろう-
あやかし風味。ミステリー皆無。恋愛要素多少混入。
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【681】
それを目にした途端、翡翠は身体中の血が熱くなるのを感じた。
「どうしたの、それ!」
彼女の体に浮かび上がるアザと、唇の端にこびりついた血の匂い。
多少ぬぐったぐらいでは、あやかしの鼻はごまかせない。
「気にするな。なんでもないから」
下働きの彼女が主家の人間に多少の嫌がらせをされることは聞いていた。だが、今までは血が出るほど殴られて帰ることなどなかったはずだ。
「やったのは誰?まあ、聞かなくてもわかるけど」
翡翠の声が低く唸るように響いた時、後ろから無遠慮な声がかけられた。
「まだこんなところにいたのか」
彼女の体がびくりと震える。
振り返るとそこには仕立てのいい着物を着た男たちが、手に木刀を持って立っていた。
真ん中の男が蔑むような目で彼女を見る。
「暇を出したのにいつまでも我が所領でうろうろするでないわ。それが引っ張りこんだという男か。そいつのために俺を拒んだのだな。下働きのくせに」
「・・・お許しくださいませ」
男の口にした内容と消え入りそうな彼女の声に、翡翠は目の前が赤く染まった気がした。
怒りが感情のたがを吹き飛ばした。
「・・・身の程を知れ。ただの人のくせに、僕の愛しい人に傷をつけた罪は重いよ」
ざわりと空気が揺らいだ。
思わず息を飲んだ彼らが見たものは、人の形をしていたが人ではなかった。
我を忘れた瞳は光彩が縦に切れ、緑色に輝いている。
毛に覆われた耳が、跳ねる黒髪の間から姿を現す。
構えた爪が鋭く伸びる。
二又の尻尾が現れて、その背でゆらりと揺れる。
「殺してやる!」
叫んだ口許に鋭い牙が見え隠れしていた。
「化け物!」
男たちがどよめく中で、彼女の主人だった男は叫んだ。
「化け物に身を売る女など、こっちから願い下げだ。汚らわしい!」
「それ以上侮辱するな!」
だが、叫んで飛び出そうとした翡翠の体は、ぶつかるように抱きついた彼女に止められていた。
「離せ!殺してやるんだ!」
叫びは血を吐くように響く。
相手だけを見据え、その爪で引き裂こうと手を伸ばす。
あふれ出る殺気で、男たちは動けなくなっていた。今なら易々とその体を引き裂けるだろう。
なのに、彼女は決して翡翠の体を離そうとはしなかった。
「殺してはだめだ。血に染まったら、戻れなくなる」
「嫌だ!離せ!離せよ!君を傷つけた!君の体も、心も、傷つけたのはやつらの方じゃないか!」
「・・・それでも、だめ」
あやかしの力ならば、女一人の腕など簡単に振りほどける。
それでも抱きついた彼女の涙が着物に染みていくにつれて、翡翠の体はもがくのをやめた。
代わりにその瞳から涙がこぼれ落ちる。
耳が、花がしおれるように力なく伏せた。
「ずるいよ。なんで君が止めるのさ・・・」
二つに分かれた尻尾が不機嫌に揺れる。伸ばしていた手を翡翠は下ろして小さな子供が文句を言うように呟いた。
「・・・ずるいよ」
「あんたに人を殺めて欲しくないの」
そう言った彼女の声が震えているのに気づいて、翡翠はその小柄な体をぎゅっと抱き締めて、瞳を閉じた。
翡翠が殺す気をなくしたと気づいて逃げていく男たちは、きっと多くの人を連れてくるだろう。
このままだと狩られるに違いない。
人は、時にあやかしより残忍だから。
「あいつらを殺さなかった。だから僕と逃げて。僕が守るから。君が言うとおり、人を殺さないように守るから。このままじゃ、君が殺されちゃうよ。僕を選んで・・・お願いだから」
抱きしめた腕の中で、彼女は迷っているようだった。
傾いていた日がすっかり沈む頃になって、やっとかすかに頷く。
その迷いに翡翠の胸が痛んだ。
自分が彼女を愛さなかったら、彼女は故郷を捨てなくてすんだだろうか。
自分があやかしでなかったら。
彼女をもっと上手に守れたら。
答えは出ない。かける言葉は見つからない。
その時、彼女が囁いた。
「行こう。逃げるんじゃない。旅に出るの・・・一緒に生きたいから」
「・・・うん」
一緒に、生きたい。
その気持ちがすとんと胸に落ちてきて、荒ぶっていた気持ちが嘘のように凪いでゆく。
だから、翡翠はもう何も言わずに彼女の手を握って歩き出した。
それを目にした途端、翡翠は身体中の血が熱くなるのを感じた。
「どうしたの、それ!」
彼女の体に浮かび上がるアザと、唇の端にこびりついた血の匂い。
多少ぬぐったぐらいでは、あやかしの鼻はごまかせない。
「気にするな。なんでもないから」
下働きの彼女が主家の人間に多少の嫌がらせをされることは聞いていた。だが、今までは血が出るほど殴られて帰ることなどなかったはずだ。
「やったのは誰?まあ、聞かなくてもわかるけど」
翡翠の声が低く唸るように響いた時、後ろから無遠慮な声がかけられた。
「まだこんなところにいたのか」
彼女の体がびくりと震える。
振り返るとそこには仕立てのいい着物を着た男たちが、手に木刀を持って立っていた。
真ん中の男が蔑むような目で彼女を見る。
「暇を出したのにいつまでも我が所領でうろうろするでないわ。それが引っ張りこんだという男か。そいつのために俺を拒んだのだな。下働きのくせに」
「・・・お許しくださいませ」
男の口にした内容と消え入りそうな彼女の声に、翡翠は目の前が赤く染まった気がした。
怒りが感情のたがを吹き飛ばした。
「・・・身の程を知れ。ただの人のくせに、僕の愛しい人に傷をつけた罪は重いよ」
ざわりと空気が揺らいだ。
思わず息を飲んだ彼らが見たものは、人の形をしていたが人ではなかった。
我を忘れた瞳は光彩が縦に切れ、緑色に輝いている。
毛に覆われた耳が、跳ねる黒髪の間から姿を現す。
構えた爪が鋭く伸びる。
二又の尻尾が現れて、その背でゆらりと揺れる。
「殺してやる!」
叫んだ口許に鋭い牙が見え隠れしていた。
「化け物!」
男たちがどよめく中で、彼女の主人だった男は叫んだ。
「化け物に身を売る女など、こっちから願い下げだ。汚らわしい!」
「それ以上侮辱するな!」
だが、叫んで飛び出そうとした翡翠の体は、ぶつかるように抱きついた彼女に止められていた。
「離せ!殺してやるんだ!」
叫びは血を吐くように響く。
相手だけを見据え、その爪で引き裂こうと手を伸ばす。
あふれ出る殺気で、男たちは動けなくなっていた。今なら易々とその体を引き裂けるだろう。
なのに、彼女は決して翡翠の体を離そうとはしなかった。
「殺してはだめだ。血に染まったら、戻れなくなる」
「嫌だ!離せ!離せよ!君を傷つけた!君の体も、心も、傷つけたのはやつらの方じゃないか!」
「・・・それでも、だめ」
あやかしの力ならば、女一人の腕など簡単に振りほどける。
それでも抱きついた彼女の涙が着物に染みていくにつれて、翡翠の体はもがくのをやめた。
代わりにその瞳から涙がこぼれ落ちる。
耳が、花がしおれるように力なく伏せた。
「ずるいよ。なんで君が止めるのさ・・・」
二つに分かれた尻尾が不機嫌に揺れる。伸ばしていた手を翡翠は下ろして小さな子供が文句を言うように呟いた。
「・・・ずるいよ」
「あんたに人を殺めて欲しくないの」
そう言った彼女の声が震えているのに気づいて、翡翠はその小柄な体をぎゅっと抱き締めて、瞳を閉じた。
翡翠が殺す気をなくしたと気づいて逃げていく男たちは、きっと多くの人を連れてくるだろう。
このままだと狩られるに違いない。
人は、時にあやかしより残忍だから。
「あいつらを殺さなかった。だから僕と逃げて。僕が守るから。君が言うとおり、人を殺さないように守るから。このままじゃ、君が殺されちゃうよ。僕を選んで・・・お願いだから」
抱きしめた腕の中で、彼女は迷っているようだった。
傾いていた日がすっかり沈む頃になって、やっとかすかに頷く。
その迷いに翡翠の胸が痛んだ。
自分が彼女を愛さなかったら、彼女は故郷を捨てなくてすんだだろうか。
自分があやかしでなかったら。
彼女をもっと上手に守れたら。
答えは出ない。かける言葉は見つからない。
その時、彼女が囁いた。
「行こう。逃げるんじゃない。旅に出るの・・・一緒に生きたいから」
「・・・うん」
一緒に、生きたい。
その気持ちがすとんと胸に落ちてきて、荒ぶっていた気持ちが嘘のように凪いでゆく。
だから、翡翠はもう何も言わずに彼女の手を握って歩き出した。
一緒に生きる場所を見つけに行こう。
普段へらへらしてるうちの猫又が、今日は脳内であやかしモード全開で必死な顔で叫ぶもんだから、書き留めた覚書です。
ぽんと浮かんだのが、あやかしモードの翡翠が必死な顔で叫んでて、それを彼女が腰のあたりに抱きついて止めてて、敵に向かって翡翠は爪の伸びた手を伸ばしてて、でも、とどかないし彼女を振りほどけなくて動けない、そんなシーンでしたん。
必死で憎しみを込めて叫ぶ翡翠にはなかなか会えないので、書き留めておかなきゃ、って。
ほんとはもっと書き込んで短編程度にはできる素材なんだけど、ちょっと根性と時間がないなあ。
というわけで、今後の展開もあるかなと考えてカテゴリーは「オリジナル」ではなく「掌編未満」で。
しかし、やっぱり、絵でアウトプットするスキルほしい(^^;
今日も見に来てくれてありがとうございます(^^)
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宵月楼 店主
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