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宵月楼-しょうげつろう-

あやかし風味。ミステリー皆無。恋愛要素多少混入。

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【641】

「辰巳屋さんでございますね?」
 闇の中から不意に名を呼ばれ、太った商人の足が止まった。提灯を持った奉公人が、警戒して灯りを声の方向へかざす。
 月もない夜である。星明かりがあったとて闇は深く、濃い。
 その中から姿を現したのは、白い着物に緋の袴の巫女姿の小柄な人影だった。
 ぬばたまの黒髪を束ねもせず背にたらし、顔には白い狐の面をつけている。その奥で、静かな瞳が辰巳屋を見つめている。
「な、何者だ」
 辰巳屋は震える声で聞いたが、巫女は口元に微笑みを浮かべただけで、一歩踏み出した。
 右手に持った閉じた扇を真っ直ぐ辰巳屋へ向ける。
 要から下がった紐についた小さな鈴がちりりと鳴った。
「なんだ、お前は!」
 思わず後ずさる辰巳屋と奉公人に、巫女はもう一歩歩み寄る。
「世には知られぬ悪行の数々、神はすべてをご存知なれば」
 決して大きくない声が、静かに、だがやけにはっきりと聞こえた。
「ま、まさか・・・はぐれ稲荷の仕事人・・・?」
 町外れの寂れた稲荷の社。
 そこに訴えると、悪を始末してくれるという噂はかなり前からあった。
 訴えすべてを聞き入れるわけではない。
 悪行をなしたもののみが神罰を下されるように殺されるのだ。
「馬鹿な・・・あんな噂・・・」
「江戸に稲荷は山とある。どれほど隠そうとも、これほどの神の目を誤魔化すことはできぬ。まして、頼ってきた者の血と涙が染み付いた金子を預かっておるからの。覚悟は良いか?」
「神だなんだと大層なことを言っても、金で雇われた殺し屋ではないか!」
「そうじゃ。我はただの殺し屋じゃ」
 冷たく言い放って、巫女は扇を開いた。舞うように手を動かす。その扇が一閃すると、次の瞬間、辰巳屋は首から血を噴出して倒れた。
「うわあああ!」
 奉公人が提灯を取り落とし、逃げていく。
 それには目もくれず、巫女は死んだ辰巳屋の体にお守り袋を一つ落とした。
「・・・神は罰を下さぬ。人を殺すのは、人だけじゃ・・・」
 そして、扇をぱしりと閉じると闇に溶けるように姿を消した。

 次の朝、自分も殺されるのではと恐怖に混乱し要領を得ぬ辰巳屋の奉公人からなんとか話を聞いた同心が辰巳屋の死体を改めると、そばに落ちていた守り袋から生前の悪行が細々と記された紙が出てきた。
 瓦版屋は「はぐれ稲荷の仕事人」と「辰巳屋の悪行」をこぞって書きたてたが、下手人が捕まることはなかったという。


お題: 「稲荷」、「お守り」、「仕事人」で創作しましょう。 #jidaiodai http://shindanmaker.com/138578
必殺仕事人、好きです( ̄ー ̄)
この仕事人と同心との掛け合いとか、普段の生活とか、ちょっとしたコイバナとか(www)も書いてみたいですね。
そういう普通とのギャップが仕事人の魅力ですから。
あくまでも自分たちは金をもらって殺しを請け負う暗殺者で、正義を代行していると思うな、という基本的な考え方がちゃんと貫ける話が書きたいです。


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【638】君だけの

黒猫なんて不吉でしょ。
いじける僕を君は笑い飛ばすんだ。
毛色が白くても黒くても、猫は猫だって。
猫はそこにいるだけで幸せを運んでくるんだよって。
それ、招き猫じゃないかな。
でも、それなら僕はずっと君のそばにいることにする。
運べる幸せがあるなら、全部君にあげるよ。

【639】青

またあの夢だ。
僕はぼんやりと思う。
ゆっくりと水に沈んでいく夢。
逃げることのできない焦燥に最初の何度かはあがいてみたが、今ではもうそんな気も起こらない。
ゆらゆら揺れる水面を下から見るのも悪くない。
青に染まった世界は、音もなく静かに僕を包んですべてから閉ざした。

【640】空

空を見る。
近づきたくて屋上にのぼってみる。
だけど、高い場所へ行けば行くほど、空には届かないと思い知らされる。
翼のない僕は、どうすれば近づける?
教えてよ、と両手を広げ、風に耳をすませてみた。
やがて、おいで、と優しい声が聞こえた。
誘われるまま身を委ね、そして僕は空にとけた。


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【637】

 大げさな奴らだなあ。
 前方の鎖鎌、後方の三節棍。
 ついでに右には槍、左には刀と来た。
「もう逃げられねえぜ。里抜けなんざ俺が許さねえ」
 俺の前に立ちふさがった男はにやにやと笑うとこれ見よがしに鎖鎌を振り回した。
 そういやあ、里にいる時からやな奴だったよなあ。俺を目の敵にして。
 俺たちの里はいわゆる隠れ里で、皆、傭兵や忍びとして戦いに出るのが生業だ。
 戦闘能力が高いということは、利用されるだけではない。脅威とみなされれば里ごと潰されることにもなりかねない。
 それゆえ里を抜けることにも厳しい。
 それはわかっている。だが。
「おめえら、お頭の命で動いてねえだろ」
 俺が冷静に指摘すると、奴はぎくりと顔色を変えた。
「な、なにを」
「だってよ、俺、ちゃんとお頭に仁義通してきたもんよ。抜けたって噂だけで手柄欲しさに飛んできやがったんだろう」
「うるせえ!やっちまえば、なんとでも言えるんだよ!」
 音をたてて鎖鎌が風を切った。それを合図に他の連中も飛び掛ってくる。
「あー、あー、やだねえ」
 俺は頭上に張り出していた木の枝に飛び乗った。
 対象を失って奴らがひるんだ一瞬の隙をついて、煙玉を三つほど大盤振る舞いしてやる。
 煙が広がる寸前、鎖鎌を持った奴が俺を見上げた。
 俺は奴に思いっきり舌を出してやった。
「あばよ」
「畜生!待ちやがれ!」
「やだね」
 そして煙にまぎれてその場を離れる。
 お前らは返り討ちにしねえ。
 だが、俺もやらせねえ。
 俺はもう、二度と血は流さないと決めたんだ。


 お題:「仁義」、「鎖鎌」、「見上げる」で創作しましょう。 #jidaiodai http://shindanmaker.com/138578
抜け忍みたいな感じですかね。
もっと傭兵集団っぽいイメージで、いろんな武器を出してみました。

いつも拍手ありがとうございます。
昨日の話ですが、疑わしいものはむやみに食べちゃいけませんよね。
地獄のものを口にすると、地上に戻れなくなるという話は結構あります。黄泉戸喫(よもつへぐい)と言うんだったかな。
こういう話は調べるとなかなか面白いですよ。


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【636】

「この川に渡し舟はないよ」
 気付けば川のほとりに立っていた。かなり幅が広く、深そうな川だ。しかも、ごおごおと音をたてて流れている。
 だが、いかにも渡し舟の出そうな桟橋があるというのに、そこには幼子が一人、妙に澄ました顔で立っているだけだ。
「ここはどこだ?俺はいつここに来たのだろう」
 自分でも随分とおかしなことを言っていると思ったが、どうしても知りたくて俺はその幼子に聞いてみた。
 幼子は目を細めて猫のようににやにやと笑う。
「おや、知らずに来たのかい?では、腹は減っているかい?」
「そういえば、朝から何も食べていない・・・気がする」
 俺が言うと、幼子は、ぱん、と一度手を叩いた。
 途端に、目の前に急須と湯飲みとせいろが現れた。
 驚く俺をよそに、幼子は器用に茶を入れると、せいろのふたを開ける。
 中にはほかほかと湯気を立てる桃饅頭。
「遠慮せず食うといい」
 幼子は笑って俺に勧めた。
 俺はたまらず手を伸ばし、しかし首をかしげた。
 伸ばした手が、桃饅頭に触れないのだ。つかもうとしても直前で指が止まる。
 呆然と自分の手を見つめていると、不意に空が翳った。
 いや、違う。
 さっきまで幼子のいたところに、俺の倍は背丈のある鬼が立っていてものすごい形相で俺をにらみつけていたのだ。
「さ、さっきの幼子はどこに・・・」
「おのれ!こちらの食い物を食わせてしまえば完全に戻れなくできたものを!こうなれば三途の川に放り込んでやろうぞ!」
「やめてくれ!」
 どうやら幼子は鬼で、三途の川の番人であったらしい。
 俺は自分を守ってくれたなにものかに感謝しつつ、とにかく鬼と三途の川に背を向けて駆け出した。
 うっかり迷い込んだにせよ、もし守ってくれるものがあるなら、まだ死ぬべき時ではないはずだ。
「無理矢理あの世に連れて行かれてたまるか!」
 先が見えない。
 苦しい。
 だが、走りながら自分に言い聞かせるように大声で叫ぶ。

 そして目が覚めた。
 病院のベッドに横たわり、点滴と機械のコードに繋がれていた。
 ふと見ると、俺の右手をしっかりと握ったまま、君が寝ていた。
 守ってくれていたのは、君だったのか。
「・・・ありがとう」
 呟いた俺の声に目を覚ました君が、俺を見てぼたぼたと大粒の涙をこぼしながら笑った。

 
お題: 「渡し舟」、「茶」、「桃」で創作しましょう。 #jidaiodai http://shindanmaker.com/138578


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【635】

 霧の夜に吉原の大門をくぐると、時に違う場所へ繋がっていることがある。
 霧の漂う通りに、妖しく揺れる妓楼の灯り。
 まだ夜更けには早いのに人影はまばらで、そのくせ格子の向こうからかけられる声は妙に耳につく。
 たおやかな白い手を取った覚えも曖昧なまま、気付けば座敷で花魁に酌などされている。
 微笑みかける瞳は瑠璃や珊瑚の色に染まり、行灯に揺れる影には尖った耳や尻尾が揺れる。
 もう逃がしませぬ、とささやかれたら、もうそこから動けない。
 あやかしの花魁は、人のそれより情が深い。
 朝の別れが来ぬ花街で一生過ごすつもりでないなら、霧の夜には吉原の大門をくぐらぬがよろしかろう。


お題: 「霧」、「瑠璃」、「花魁」で創作しましょう。 #jidaiodai http://shindanmaker.com/138578

拍手ありがとうございます。


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オリジナルの短い文章を書いています。アニメ、ゲーム、小説、マンガ、音楽、手作り、すべてそれなりに広く浅く趣味の範囲で。
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