宵月楼-しょうげつろう-
あやかし風味。ミステリー皆無。恋愛要素多少混入。
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【647】
しとしとと、雨のふる川辺に、血まみれの剣を握った若者は立っていた。
かろうじて見える向こう岸に立っているのは、金のたてがみをなびかせた霊獣。
それは麒麟だった。
金の瞳が真っ直ぐに若者を見つめていた。
「血の匂いが消えぬ・・・」
若者は独り言を言うようにぽつりと言った。自分の手を、そしてその手が握る血まみれた剣をひとごとのように見下ろす。雨は血を流すほど強くはならず、ただ返り血が溶けて涙のように頬を伝う。
「・・・わびはせぬ。悔いもない。だが、この血がお前を穢す。だから・・・」
麒麟は聖獣であり、血の穢れを嫌う。その身に触れれば病になるほどに。
だから近づくなと、ただそれだけを願う。
「主よ」
向こう岸にいるはずの麒麟の声が、妙にはっきりと聞こえた。
「戯言は寝てから言うがよろしかろう」
蹄が地を蹴った。優雅な動きで麒麟は川を飛び越えた。
若者は近づく麒麟を見つめ、ふらふらと後ずさる。
「来るな!」
勝手かも知れないとはわかっている。だが、血がこの美しい獣を穢すのだけは嫌だった。
それでも。
「聞けませぬ」
澄ました顔で麒麟は言うと、血に濡れた腕に身をすり寄せた。
金のたてがみに朱が混じる。
穢れたはずのたてがみは、それでも美しかった。朱金が燃える炎のように見えた。
「悲しいことを申されるな。我は主の獣。主の行く先を照らすもの」
「血まみれの主など、お前にふさわしくないだろう!」
「いいえ。我が主は貴方一人なれば、どこまでもお供つかまつりましょう。たとえ、どれほどの血にまみれようとも」
かたり、と剣が地に落ちた。
若者は糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ち、麒麟の首に腕を回した。
「許せ。これしか道を見出せぬ、愚かな主を」
たてがみに顔を押し付ける主を、麒麟はしっかりと受け止める。
「この燃やし尽くされた大地が緑で溢れるまで、この血に染まった川が澄み切って子供らが笹舟を浮かべて遊べるようになるまで、この煙にまみれた空に鳥が飛び交うまで、お側におりまする」
「・・・ああ。かならず、お前をそこへ連れてゆく。約束する」
囁くように言った主の声に、麒麟は静かに微笑んだ。
お題: 「雨」、「笹舟」、「麒麟」で創作しましょう。 #jidaiodai http://shindanmaker.com/138578
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しとしとと、雨のふる川辺に、血まみれの剣を握った若者は立っていた。
かろうじて見える向こう岸に立っているのは、金のたてがみをなびかせた霊獣。
それは麒麟だった。
金の瞳が真っ直ぐに若者を見つめていた。
「血の匂いが消えぬ・・・」
若者は独り言を言うようにぽつりと言った。自分の手を、そしてその手が握る血まみれた剣をひとごとのように見下ろす。雨は血を流すほど強くはならず、ただ返り血が溶けて涙のように頬を伝う。
「・・・わびはせぬ。悔いもない。だが、この血がお前を穢す。だから・・・」
麒麟は聖獣であり、血の穢れを嫌う。その身に触れれば病になるほどに。
だから近づくなと、ただそれだけを願う。
「主よ」
向こう岸にいるはずの麒麟の声が、妙にはっきりと聞こえた。
「戯言は寝てから言うがよろしかろう」
蹄が地を蹴った。優雅な動きで麒麟は川を飛び越えた。
若者は近づく麒麟を見つめ、ふらふらと後ずさる。
「来るな!」
勝手かも知れないとはわかっている。だが、血がこの美しい獣を穢すのだけは嫌だった。
それでも。
「聞けませぬ」
澄ました顔で麒麟は言うと、血に濡れた腕に身をすり寄せた。
金のたてがみに朱が混じる。
穢れたはずのたてがみは、それでも美しかった。朱金が燃える炎のように見えた。
「悲しいことを申されるな。我は主の獣。主の行く先を照らすもの」
「血まみれの主など、お前にふさわしくないだろう!」
「いいえ。我が主は貴方一人なれば、どこまでもお供つかまつりましょう。たとえ、どれほどの血にまみれようとも」
かたり、と剣が地に落ちた。
若者は糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ち、麒麟の首に腕を回した。
「許せ。これしか道を見出せぬ、愚かな主を」
たてがみに顔を押し付ける主を、麒麟はしっかりと受け止める。
「この燃やし尽くされた大地が緑で溢れるまで、この血に染まった川が澄み切って子供らが笹舟を浮かべて遊べるようになるまで、この煙にまみれた空に鳥が飛び交うまで、お側におりまする」
「・・・ああ。かならず、お前をそこへ連れてゆく。約束する」
囁くように言った主の声に、麒麟は静かに微笑んだ。
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【646】
月夜に神社の境内で、石造りの狛犬二頭が伸びをした。
大きな欠伸をしたあとに、ぽんと台座を飛び降りる。
そして、地面に降り立ったのは尻尾を生やした着流し姿の若者が二人。
一人は長く伸ばした黒髪を紅い紐で無造作に束ねてにやりと斜に構えた笑みを浮かべ、もう一人は蒼い紐で髪を束ねて優しく微笑んでいる。
同じ顔をしているがまるで雰囲気の違う二人は、境内にぽつりと立つ少女のもとへ駆け寄った。
「元気だったか。待ちくたびれたぜ」
「ごきげんよう。お待ちしておりました」
「紅蓮(ぐれん)、雪花(せっか)。お待たせ」
少女は彼らの名を呼ぶと、微笑んで、自分より背の高い青年たちの頭を撫でた。
彼らの尻尾がわさわさと左右に揺れる。
ずっと、ずっと長い時を、石の姿で待っていたのだ。もう一度その声に呼ばれ、その手に触れ、その身を守るために。
だから二人は少女の足元にひざまづいた。
「もう離れねえから」
「お側に置いていただきます」
少女は嬉しそうに頷いた。
「ありがとう。改めて、よろしくね」
次の朝、神社にはからの台座が残っているだけだった。
お題:「月夜」、「着流し」、「狛犬」で創作しましょう。 http://shindanmaker.com/138578
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大きな欠伸をしたあとに、ぽんと台座を飛び降りる。
そして、地面に降り立ったのは尻尾を生やした着流し姿の若者が二人。
一人は長く伸ばした黒髪を紅い紐で無造作に束ねてにやりと斜に構えた笑みを浮かべ、もう一人は蒼い紐で髪を束ねて優しく微笑んでいる。
同じ顔をしているがまるで雰囲気の違う二人は、境内にぽつりと立つ少女のもとへ駆け寄った。
「元気だったか。待ちくたびれたぜ」
「ごきげんよう。お待ちしておりました」
「紅蓮(ぐれん)、雪花(せっか)。お待たせ」
少女は彼らの名を呼ぶと、微笑んで、自分より背の高い青年たちの頭を撫でた。
彼らの尻尾がわさわさと左右に揺れる。
ずっと、ずっと長い時を、石の姿で待っていたのだ。もう一度その声に呼ばれ、その手に触れ、その身を守るために。
だから二人は少女の足元にひざまづいた。
「もう離れねえから」
「お側に置いていただきます」
少女は嬉しそうに頷いた。
「ありがとう。改めて、よろしくね」
次の朝、神社にはからの台座が残っているだけだった。
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【645】
浪人者が浜辺のうち捨てられた小屋に住み着いたと聞いて、見に行こうと思ったのは気まぐれだった。
いつもついて回る守り役をまいて遊びまわるのが日課だったのだが、そのついでに耳にした噂を確かめてみようと思ったのだ。
彼は長旅をしてきたと一目でわかる擦り切れた着物で、髪も伸び放題だった。
いかにも怪しい風体だったが、その目はどこか親しげに、そして面白そうに輝いている。
「何だ、ボウズ。得体の知れん者に近づいちゃいかん、と教わらんかったか?」
「ここは父上の所領だ。父に代わって私が怪しい者ならば成敗してやる!」
まだ十にもならぬ子供のたわごとに、彼は笑った。
「そうか、それは勇ましい。だが、もし俺が剣客であったらどうする?」
そばに置かれた刀に手を伸ばすのを見て、剣術があまり得意ではない私は思わず後ずさる。
だが、その時。
私の腹が盛大に鳴った。
男の焚き火で焼かれていた魚のいい匂いに誘われたのだ。
「うっ・・・」
恥ずかしくて顔を真っ赤にして踵を返そうとした私に、彼が声をかける。
「腹が減っては戦はできんというしな。若様、雑魚だが食っていかれよ」
振り返った彼は優しい笑みを浮かべていて、その笑顔は父上にそっくりだった。
そのものの心は、表情に出る。
腹黒いものは腹黒く、卑劣なものは卑劣な気配がどこかしらににじみ出るものだ。
そう教わった父上のおおらかな笑顔にそっくりだったのだ。
だから、私の警戒心は雪のように溶け去ってしまった。
そばに歩みよると頭を下げる。
「いただきます」
「ああ、塩も味噌もないが、新鮮なだけでうまいもんだからな」
差し出された魚を受け取る。
それが年の離れた兄との、出会いだった。
お題:「浜辺」、「味噌」、「剣客」で創作しましょう。 #jidaiodai http://shindanmaker.com/138578
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いつもついて回る守り役をまいて遊びまわるのが日課だったのだが、そのついでに耳にした噂を確かめてみようと思ったのだ。
彼は長旅をしてきたと一目でわかる擦り切れた着物で、髪も伸び放題だった。
いかにも怪しい風体だったが、その目はどこか親しげに、そして面白そうに輝いている。
「何だ、ボウズ。得体の知れん者に近づいちゃいかん、と教わらんかったか?」
「ここは父上の所領だ。父に代わって私が怪しい者ならば成敗してやる!」
まだ十にもならぬ子供のたわごとに、彼は笑った。
「そうか、それは勇ましい。だが、もし俺が剣客であったらどうする?」
そばに置かれた刀に手を伸ばすのを見て、剣術があまり得意ではない私は思わず後ずさる。
だが、その時。
私の腹が盛大に鳴った。
男の焚き火で焼かれていた魚のいい匂いに誘われたのだ。
「うっ・・・」
恥ずかしくて顔を真っ赤にして踵を返そうとした私に、彼が声をかける。
「腹が減っては戦はできんというしな。若様、雑魚だが食っていかれよ」
振り返った彼は優しい笑みを浮かべていて、その笑顔は父上にそっくりだった。
そのものの心は、表情に出る。
腹黒いものは腹黒く、卑劣なものは卑劣な気配がどこかしらににじみ出るものだ。
そう教わった父上のおおらかな笑顔にそっくりだったのだ。
だから、私の警戒心は雪のように溶け去ってしまった。
そばに歩みよると頭を下げる。
「いただきます」
「ああ、塩も味噌もないが、新鮮なだけでうまいもんだからな」
差し出された魚を受け取る。
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【644】
水墨の掛け軸をそのまま抜き出したような風景に、ほんのつかの間訪れる黄昏。
山伏ですら修行の場にせぬほどの険しく高い山々の間では、その時は驚くほど短い。
だが、彼はそこにたどり着き、その時を待っていた。
約束されたわずかな時間、木々に埋もれた古い祠の扉を開ける。
淡い色をした光が、祠の神体である鏡に映りこむ。
そして、封印が解けた。
男が手を差し伸べると、遥か昔に鏡に封じられた神女がその手をそっととり、姿を現した。
流浪した鏡を求め、封を解くすべを求め、何度も生まれ変わって、やっと叶えた逢瀬であった。
お題:「黄昏」、「墨」、「山伏」で創作しましょう。 #jidaiodai http://shindanmaker.com/138578
拍手ありがとうございます。
仕事人、いいですよねえ(*^^*)
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山伏ですら修行の場にせぬほどの険しく高い山々の間では、その時は驚くほど短い。
だが、彼はそこにたどり着き、その時を待っていた。
約束されたわずかな時間、木々に埋もれた古い祠の扉を開ける。
淡い色をした光が、祠の神体である鏡に映りこむ。
そして、封印が解けた。
男が手を差し伸べると、遥か昔に鏡に封じられた神女がその手をそっととり、姿を現した。
流浪した鏡を求め、封を解くすべを求め、何度も生まれ変わって、やっと叶えた逢瀬であった。
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【642】椿
色のない季節に暖かな色を添えて咲く無言の優しさ。
真白き雪にまだ色鮮やかな形もそのままに花を落とす潔さ。
ただ静かに色褪せぬ葉で冷たき風を遮る暖かさ。
それはまるで、静かな佇まいを崩すことなくただなすべきことをなす彼のようだと、雪に抱かれた椿を見るたびに想う。
【643】さざんか
花弁が雪に降りゆく様は、華やかに見えてどこか寂しい。
はらはらと赤い花弁で雪を彩ってもその白に溶け込むことはできなくて。
それでも雪が降るたびにその清らかさに焦がれて花弁を降らせ、溶けゆく雪にはついては行けず、残された彼は風に吹かれるように一人寂しく彷徨うのだ。
冬の花を題材に、うちのあやかしたちを重ね合わせて。
冬でも鮮やかに咲く椿やさざんかが好きです。
ともすれば色を失いがちな冬の景色に、色を添えるけれど浮いてはいなくて。
雪に落ちている姿も、まだ枝についている花に雪を被っている様子も、とても風情があるとおもいます。
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色のない季節に暖かな色を添えて咲く無言の優しさ。
真白き雪にまだ色鮮やかな形もそのままに花を落とす潔さ。
ただ静かに色褪せぬ葉で冷たき風を遮る暖かさ。
それはまるで、静かな佇まいを崩すことなくただなすべきことをなす彼のようだと、雪に抱かれた椿を見るたびに想う。
【643】さざんか
花弁が雪に降りゆく様は、華やかに見えてどこか寂しい。
はらはらと赤い花弁で雪を彩ってもその白に溶け込むことはできなくて。
それでも雪が降るたびにその清らかさに焦がれて花弁を降らせ、溶けゆく雪にはついては行けず、残された彼は風に吹かれるように一人寂しく彷徨うのだ。
冬の花を題材に、うちのあやかしたちを重ね合わせて。
冬でも鮮やかに咲く椿やさざんかが好きです。
ともすれば色を失いがちな冬の景色に、色を添えるけれど浮いてはいなくて。
雪に落ちている姿も、まだ枝についている花に雪を被っている様子も、とても風情があるとおもいます。
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HN:
宵月楼 店主
性別:
非公開
自己紹介:
オリジナルの短い文章を書いています。アニメ、ゲーム、小説、マンガ、音楽、手作り、すべてそれなりに広く浅く趣味の範囲で。
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