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宵月楼-しょうげつろう-

あやかし風味。ミステリー皆無。恋愛要素多少混入。

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瑠璃丸のお話。
ややこしいですが、冒頭と最後は現代。他は江戸中期頃のお話です。
では、一足早い桜の物語をどうぞ。


桜吹雪に君を待つ春


 花びらが降る。
 犬神の瑠璃丸はその薄紅の欠片が際限なく降り注ぐのを、声もなく見つめていた。
 長い髪を頭の上の方でひとつに束ねた髪型は、今の時代、男には珍しいものであったが、すらりとした体格とあいまって、まるで時代劇の剣士のような印象を見る者に与える。ニットとジーンズは黒一色でそれが少し近寄りがたい印象を与えるが、それでも女性の目をひくには十分な独特の鋭い雰囲気を宿している。
 しかし、本人は周りの目など気づいていないかのように、一人静かに桜を見上げていた。
 いつも桜の花吹雪を見ると、周りの喧騒は消えうせ、ただその花びらの中に自分と彼女だけがいるような気持ちになるのだ。
 だが、ここに彼女はいない。
 瑠璃丸は、つきりと痛む胸をそっと左手で押さえた。


 それは、二百年ほど前の話になる。
 瑠璃丸は、ある春の日、何の目的もなく旅に出た。
 本来孤独なあやかしが幼くして拾われ人間に育てられたという自分の境遇に疑問を持ったわけではない。
 気は合わなくとも兄弟のように育った猫又の翡翠が、ふらりと家を空けて帰らなくなったのも猫の性故のことと思っていた。
 だが、なぜだろう。
 気づけば遠くに思いを馳せるようになっていた。
 風の匂いに、日の光の揺らめきに胸がざわつき、そのまま原因を探しに駆けて行きたい衝動に駆られた。
 不器用な言葉でそれを告げた瑠璃丸を、妖狐の琥珀は何故か柔らかい眼差しで見て、当座の旅費を無造作に投げてよこした。
「行って来い。おまえももう子供じゃねえってこった」
 そこにこもった感情を読み取り損ねて瑠璃丸は琥珀を無言で見つめたが、琥珀はそれをかわすように視線を外し、「野垂れ死ぬ前に帰ってこいよ」と言っただけだった。
 ほんの少しの荷物だけを持って、行く当てもないまま山野をさすらう生活が始まった。
 どこへ行ってもいい。
 行かなくてもいい。
 ただ、気の向くままに旅をする。
 そうして一年二年と過ぎればそれなりにこつもつかめるもので、時折人里で日銭を稼ぐ他は大抵山や野で食べ物を調達し、山で暮らすようになっていた。
 犬神の性質上もとより鼻が利くし、人と関わらずに暮らしていると感覚が鋭くなるのか、食べるものには困らない。
 また、人と触れあうのがあまり得意ではなかったので、極力人と関わらない自分一人の生活というのは気が休まった。
 一人きりで過ごしていると、あやかしの本性が自分の中で大きくなっていくのを感じる。
 時に白い山犬の姿に戻って野をかける。
 闇の中にあやかしの世界が広がっているのを肌で感じる。
 それは自由で、奔放で、時に血なまぐさい。
 人に害をなすあやかしを懲らしめるようになったのは、そうやってあやかしの世界に触れるうちに人を害するものが必要に迫られているのか、単に遊びでやっているのか見分けられるようになったからだった。
 対象になるのが人の世界でも悪事を働くような輩であれば止めはしないが、真っ正直に生きているものを弄ぶのはどうにも放っておけなかったのだ。
「あやかしのくせに人の味方をするのか」
 そう問われると、瑠璃丸は大抵首を振ってこう答えた。
「自分より弱いものを害する卑劣が許せぬだけだ」
 そんな生活の中、雪深い冬の日に助けたのがその娘だった。
 小柄な人影が雪に足を取られ倒れるのを見て、瑠璃丸はとっさに駆け出していた。
 娘は追われていた。
 気配からして、あやかしどもは人を食らう種類のようだった。
 それも生きていくためならば仕方ないと思わないでもなかったが、やはり目の前で人が殺されるのを見るのは気分が良くない。まして女子供であればなおのこと。
 その程度には人という存在は瑠璃丸の中ではやはり近しいものだったのだ。
 それに、なにより、彼女から漂ってくる不穏な匂いに瑠璃丸は迷わず介入を決めた。
「よせ」
 言葉少なに双方の間に割り込む。
 追ってきたあやかしたちは、いきなり現れた小柄な人の姿の瑠璃丸に驚いて立ち止まった。
 気配からあやかしとわかるだろうが、黒い着物に袴姿の少年にしか見えない瑠璃丸が何者か捕らえかねて、すぐには攻撃を仕掛けてこない。
 娘の方は息も絶え絶えでもう一歩も動けないのか、その場から去る気配はない。
 去ってくれれば時間稼ぎをしやすいのだが、と思いつつ、瑠璃丸はあやかしたちと対峙した。
「どけ、小僧」
 気が荒そうな大柄のあやかしが太い腕を勢いよく振り上げ、瑠璃丸めがけて振り下ろした。
 かばわれた娘が、背後で小さな悲鳴を上げる。
 だが、瑠璃丸はそれを右手を少し持ち上げるだけで受け止めて、腕の下から鋭い目つきで頭二つ分は上背のある相手を見上げた。
「これを狙うのはよした方がいい」
「なに?」
「死臭がする。これほど若くしてほどなく死ぬのだ。悪い病やも知れぬ。腹を壊すぞ」
 娘からは死期の近い匂いがしていたのだ。
 あやかしが人の病に影響を受けることは少ない。自分の言葉が彼らを押さえられるとは、瑠璃丸も考えてはいない。むしろ、言葉で説得するように見せて、その妖気とまなざしで相手を圧倒し、害をなすなら自分が相手になると脅すのが目的だった。
「・・・ちっ」
 自慢の膂力でも片腕で止められたことに衝撃を受けてもいたのだろう。
 あやかしは大人しく背を向けて去った。
 人と違い、あやかしはわかりやすい。
 力ある者が上に立ち、よほどのことがない限りそれに逆らおうなどとは思わない。
 故に瑠璃丸はわかりやすく自分の方が強いと誇示して見せたのだった。
 そして、天邪鬼でもない限り、一度決めたことは必ず守るのが常だ。少なくともあのあやかしはもうこの娘を狙わないだろう。
 当座の危険は去ったと判断して、瑠璃丸はその場から自分も去ろうとした。
 しかし。
「待って」
 息が上がって少しかすれてはいたものの、柔らかな響きをもつ声が瑠璃丸を引きとどめた。
 それは、あやかしに追われ、目の前で尋常ではない受け答えをしているのを見ていたと思えないほど落ち着いた声だった。
 それに微かな驚きを覚えて振り返った瑠璃丸は、しばし言葉を失った。
 雪の上に座りなおした娘は、美しい金の髪と青い瞳をしていたのだ。
 先程は気づかなかったが、風になびくその髪は太陽の光を受けてキラキラと輝いている。
 その初めて見る色に瑠璃丸は目を奪われた。
「あの?」
 振り返ったものの何も言わない瑠璃丸に、娘は小首をかしげて問いかける。
 傾いた首に沿って、金の髪がさらりと流れ落ちる。
「・・・きれいだ」
 ぽつりと呟いて、瑠璃丸はその場に膝をついた。
 人より長く生きているとはいえ、あやかしの尺度で測ればまだまだ子供からやっと成長し始めた程度の年頃といえる。外見も、人で言えば十四、五くらいであるし、精神的にもそのくらいであろう。まだ子供特有の純粋さが多分に残っているのか、瑠璃丸は何も考えずその金色の髪に手を伸ばした。
 娘はあまりにも瑠璃丸が自然に手を伸ばしたものだから、特に身構えることもなくそれを見ていた。
「・・・太陽の、光みたいだ」
 もう一度ぽつりと瑠璃丸が呟く。
「ありがとう」
 にっこりと微笑んだ娘の声に瑠璃丸はやっと我に返って、目を見開くと二、三度瞬きをした。
 本当に、無意識の内に手を伸ばしていたというように自分の手を見つめ、自分の手がそっと包み込んでいる髪を見つめ、そして微笑む娘に視線を移してやっと髪から慌てて手を離す。
「す、すまぬ!無礼を・・・!」
「気にしないで。この髪をほめてもらったのは初めて。貴方もとても綺麗な髪をしているのね。それに、なんて綺麗な、碧の目・・・」
 その声が次第に小さくなり、ぱたりと細い体が雪の上に倒れた。
「おい、どうした?」
 瑠璃丸が声をかけても、起き上がる気配がない。息は荒く、顔色が蒼白になっている。病の身に先程の出来事が負担をかけたに違いない。
 瑠璃丸は一瞬ためらったが、すぐに彼女を抱き上げると背負った。
 そして雪の中を重さなど感じないような足取りで歩き出した。


 小さなその住まいは、岩山の洞に手を入れた瑠璃丸の隠れ家だった。
 風雨をしのげ、火を焚くこともでき、軽い封を施しておけば人に荒らされることもない。
 旅に流れて行くのも悪くないが、冬になったこともあり、ここ数ヵ月はここを拠点にして数日出掛けては帰るような生活を送っていた。
 少し足を伸ばせば村があり、しかしこの辺りは滅多に人が入らない険しさがあり、隠れ住むにはちょうどよかったのだ。
 背負ってきた娘を寝床代わりにしている柔らかな枯れ草の山にそっと横たえると、その上に一枚着物を掛けて、瑠璃丸は手作りのかまどに火をおこし、部屋を暖めた。
 鍋にすくってきた雪を溶かして水を作り、山野草と米を煮込む。
 塩だの味噌だのはさすがに作るのは無理なので、人里で山で採れたものと交換してもらったものだ。
 村人はおそらく瑠璃丸のことを山向こうの猟師とでも思っているのだろう。もとよりのどかな土地柄ゆえか、人々は優しく、人当たりが良い。物々交換にも気前よく応じてくれた。
 そうしているうちに、寝かせていた娘が目を覚ました。
 顔色は良くないが、少し落ち着いたのかゆっくりと体を起こし周りを興味深そうに眺めた。
「気分はどうだ?」
「え、ええ。大丈夫」
 そう言う彼女に、瑠璃丸は畳んで置いておいた着物を無造作に差し出した。
「・・・着物を」
「え?」
「これに着替えたら、その濡れた着物を干せるのだが。あまり冷えては体によくない・・・男物で申し訳ないのだが」
 呆然とする娘に着物を押し付けるように渡すと、瑠璃丸は立ち上がって外へ出た。
 しばらくして娘が呼ぶ声に戻ると、着替えた娘は自分の着物を干し、髪を手ぬぐいで隠している所だった。
「ありがとうございます。そこに干しても良かったかしら?」
「・・・ああ。あの・・・」
「はい?」
「この辺はふもとの村人も足を踏み入れぬ。近づいたら教える。だから、その・・・」
 瑠璃丸はしばし口ごもっていたが、やがて意を決して彼女を見つめた。少し頬が赤くなっている。
「それを隠さないでくれないか」
「それ・・・?髪?」
 頷く瑠璃丸に彼女は微笑んだ。
「命の恩人のお願いでは、断れないわ」
 さらりと手ぬぐいが解かれる。
 薄暗い部屋に、金の光が舞った。
「気味が悪くないかしら?貴方は白い髪と碧の目なのね。あやかしには見慣れた色なの?」
 あやかしに追われて逃げるということは、彼女の目には人には見えぬものが見えているのだろうと想像はついていた。
「やはりな。あんたは・・・人であるのにあやかしを見る目を持っているのだな」
「・・・ええ。見えるだけだけれど。よく言われたわ。あやかしを祓ったり封じる力があればもっと稼げるのに、って」
 彼女は苦笑する。あやかしとわかっていても態度の自然な彼女に瑠璃丸は少し興味が出てきた。
 彼女の前に座ると、じっと見つめた。
「名は?」
「さくら」
「さくら?珍しい髪と目だが、異国から来たのではないのか?」
「母が異国の人なの。金の髪と青い瞳が珍しくて、見世物として旅回りをしてたのだけど、私をが五歳の時に病で死んでしまったわ。その母が好きだったのが桜。最初に覚えたこの国の言葉が桜だったんですって」
「そうか・・・」
「だから、私が生まれたときにさくらと名付けたのよ。この国の、一番美しい花の名だと言って」
 そう言って、さくらは微笑んだ。綺麗なのにどこか寂しげな笑みだ、と瑠璃丸は思った。病の身であることが、儚さを感じさせるのだろうか。
「私も母のように旅回りをしていたのだけど、死病に冒されてしまって。もう先が長くないと思ったら無性にどこかへ行きたくなって・・・逃げてきたの」
 さらりと言うが、見世物として連れられていたのなら、逃げるのは容易ではなかっただろう。だが、さくらはその一言で終わらせ、それ以上は語らなかった。
 瑠璃丸も無理に聞きだすつもりはなかった。
 もって数日。
 その余命でどうしたいのか、その方が気になった。
「行くあては?」
 問う瑠璃丸に、さくらは微笑んだまま黙って首を横に振った。
「ならば・・・ここにいればいい」
 瑠璃丸は考える前にそう言っていた。
「え?」
「ここならば誰にも邪魔はされぬ。追っても来ぬだろうし、あやかしも近寄らせぬ。その・・・俺が嫌でなければ、だが・・・」
 少しうつむき気味に言って、瑠璃丸は彼女の表情をうかがった。上目遣いの何かをねだる子供のようなその表情に、さくらの笑みが少し明るいものになる。
「甘えても・・・いいかしら?」
「あ・・・ああ」
 瑠璃丸は嬉しげに頷いた。
「俺は瑠璃丸。犬神だ。不便があったらなんでも言ってくれ」
「ええ」
 こうして、彼女は瑠璃丸の元に留まることとなった。

【弐へ】


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