宵月楼-しょうげつろう-
あやかし風味。ミステリー皆無。恋愛要素多少混入。
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その店は、なぜか夕方にしか見つけることが出来ないのだそうだ。
薄暗い店内にオレンジ色の西日が差し込むその時だけ、客を招くのだという。
「なんでこんなめんどくさい店にしたのさ」
僕は行儀悪くレジカウンターに腰掛けて、店主に聞いてみる。
ここは本屋だ。
食べ物を扱う店なんかに比べて、あまり客の入りに時間は関係ない気がする。
第一、西日が差し込む時間なんて、長くても三十分くらいだろう。
客商売なのに、効率が悪いったらない。
そう言って何度も理由を聞いているのに、教えてもらえないのだ。
本の整理をしていた店主は、僕の問いかけに手を止めて顔を上げた。
生真面目を絵に描いたような彼の眉間に、深く深くしわが刻まれる。
「・・・降りてください」
「客いないんだから、ちょっとぐらいいいじゃない。ケチ」
「ケチって・・・。なに言ってんですか。そこは座る場所じゃありません。第一、なんで貴方がここにいるんですか。暇なら働いたらどうです?」
ふらふらと風まかせに生きている僕のことが嫌いな彼は、僕に笑顔を見せたことがない。
もっとも、客にもめったに笑顔なんか見せないけど。
それでも、彼の性格上、強引に追い出されることはないと知っている僕は、カウンターから降りることなく、にやりと笑って伸びをした。
「今のところ食うには困ってないしねえ」
そのまま、変化を解いて猫に戻ると、今度は堂々とカウンターの上にくるりと丸くなってみた。
うん。カウンターに猫なら、絵になるんじゃない?
こんな古ぼけた本屋なら尚のこと。
「そういえば、猫又でしたね」
やっと思い出したようにため息とともに呟いて、彼は得意げな僕を見た。
「気まぐれで天邪鬼でマイペース」
「誉め言葉だね」
ふふんと鼻で笑って二股に分かれたしっぽを一振り。
「で、さっきの答えは教えてくれないの?」
気が長いほうじゃない僕が催促すると、店主は壁にかけられた時計を見上げて、今日初めての、だが意地の悪い笑みを浮かべた。
「時間切れです」
「え?」
「開店時間ですので、貴方のお相手をする暇はなくなりました」
見れば、西日で店の中がオレンジに染まっていた。
「・・・ちぇ」
駄々をこねるのはかっこわるい。
僕はもう一度しっぽを揺らして、カウンターから飛び降りた。
「また来るね」
「いえ、結構です」
何気ない挨拶にちょっとした棘を含ませた応酬をして、僕は客が開けた扉からするりと外に出た。
「理由を教えてくれないのは、また来いって言ってるようなもんなのにね」
くすりと笑って、僕は黄昏時の空気の中を歩き出した。
-終-
あとがき
お題:
「夕方の書店」で登場人物が「思い出す」、「時計」という単語を使ったお話を考えて下さい。
好きな感じだったので調子に乗って書いたら長くなってしまったので、独立させてみました。
初のオリジナルということになります。
よろしくお願いします。
参加しています。もしよろしければクリックお願いします。

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薄暗い店内にオレンジ色の西日が差し込むその時だけ、客を招くのだという。
「なんでこんなめんどくさい店にしたのさ」
僕は行儀悪くレジカウンターに腰掛けて、店主に聞いてみる。
ここは本屋だ。
食べ物を扱う店なんかに比べて、あまり客の入りに時間は関係ない気がする。
第一、西日が差し込む時間なんて、長くても三十分くらいだろう。
客商売なのに、効率が悪いったらない。
そう言って何度も理由を聞いているのに、教えてもらえないのだ。
本の整理をしていた店主は、僕の問いかけに手を止めて顔を上げた。
生真面目を絵に描いたような彼の眉間に、深く深くしわが刻まれる。
「・・・降りてください」
「客いないんだから、ちょっとぐらいいいじゃない。ケチ」
「ケチって・・・。なに言ってんですか。そこは座る場所じゃありません。第一、なんで貴方がここにいるんですか。暇なら働いたらどうです?」
ふらふらと風まかせに生きている僕のことが嫌いな彼は、僕に笑顔を見せたことがない。
もっとも、客にもめったに笑顔なんか見せないけど。
それでも、彼の性格上、強引に追い出されることはないと知っている僕は、カウンターから降りることなく、にやりと笑って伸びをした。
「今のところ食うには困ってないしねえ」
そのまま、変化を解いて猫に戻ると、今度は堂々とカウンターの上にくるりと丸くなってみた。
うん。カウンターに猫なら、絵になるんじゃない?
こんな古ぼけた本屋なら尚のこと。
「そういえば、猫又でしたね」
やっと思い出したようにため息とともに呟いて、彼は得意げな僕を見た。
「気まぐれで天邪鬼でマイペース」
「誉め言葉だね」
ふふんと鼻で笑って二股に分かれたしっぽを一振り。
「で、さっきの答えは教えてくれないの?」
気が長いほうじゃない僕が催促すると、店主は壁にかけられた時計を見上げて、今日初めての、だが意地の悪い笑みを浮かべた。
「時間切れです」
「え?」
「開店時間ですので、貴方のお相手をする暇はなくなりました」
見れば、西日で店の中がオレンジに染まっていた。
「・・・ちぇ」
駄々をこねるのはかっこわるい。
僕はもう一度しっぽを揺らして、カウンターから飛び降りた。
「また来るね」
「いえ、結構です」
何気ない挨拶にちょっとした棘を含ませた応酬をして、僕は客が開けた扉からするりと外に出た。
「理由を教えてくれないのは、また来いって言ってるようなもんなのにね」
くすりと笑って、僕は黄昏時の空気の中を歩き出した。
-終-
あとがき
お題:
「夕方の書店」で登場人物が「思い出す」、「時計」という単語を使ったお話を考えて下さい。
好きな感じだったので調子に乗って書いたら長くなってしまったので、独立させてみました。
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HN:
宵月楼 店主
性別:
非公開
自己紹介:
オリジナルの短い文章を書いています。アニメ、ゲーム、小説、マンガ、音楽、手作り、すべてそれなりに広く浅く趣味の範囲で。
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