宵月楼-しょうげつろう-
あやかし風味。ミステリー皆無。恋愛要素多少混入。
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【786】
かすかに響く泣き声に辺りを見渡す。
黄昏時の小さな稲荷の社(やしろ)。
もう風雨に朽ちて鳥居の紅もほとんど残っていないような寂れた社だが、ここが俺の居場所だ。
人が通わなくなって幾年経ったか覚えていない。仕えるはずの神も信仰を失って去っていった。それでも俺はここにいる。本体があるから。
そんな場所だから、久しく人の声など聞いていなかったが、迷い込んだのだろうか。
このまま夜になったらまずいだろう。
俺は声をたどった。
ぼろぼろの社の外れかけた扉から中をのぞくと、そこに子供がうずくまっていた。
聞こえるはずもないのに思わず声をかけていた。
「おい、何を泣いている」
驚いたことに、俺の声が聞こえたのか、子供はびくりと肩を震わせると泣き止んでこちらを見た。
涙で潤んだ瞳が、少しおびえている。
声が届くとは思わなかった俺は、逆にひるんで言葉を失い、二、三度馬鹿みたいに口を開け閉めした後、なんとか平静を取り戻した。
返事がないので仕方なく扉の辺りにしゃがみこむ。
「怖がらなくていい。なにもせん。どうしてそんなに泣いているんだ?そろそろ帰らんと暗くなるぞ」
できるだけ優しく言ったのが効いたのか、子供は目をごしごしとこすると立ち上がった。
ぽてぽてと歩いて俺に近づく。
「・・・神様?」
「いや、神じゃない。あれだ」
俺は俺の本体を指さした。
社の前で苔むしている狐の石像。一体は崩れてしまって、かろうじて残っているのは俺の方だけだ。
「きつね・・・さん?」
「そうだ。普通は俺の姿は見えないはずなんだが、お前は珍しい目を持っているんだな・・・怖いか?」
俺が聞くと、子供は勢いよく首を振った。勢いよく振り過ぎて首がもげるかと思ったが、それだけ否定してくれるのは、正直嬉しい。思わず笑うと、子供も嬉しそうに微笑んだ。
「怖くないならいいさ。さあ、帰れ。この辺りは人も寄らん。夜は危ないぞ」
「でも、いじめられるんだもん」
「それでここに逃げ込んで泣いていたのか」
それでも、子供を返さねば神隠しかあやかしのせいだといわれて、下手をするとここを壊されかねない。こんな場所でも俺には唯一の居場所なのだ。
俺は少し考えて、立ち上がった。境内とは名ばかりの狭い土地だが、人が来ないせいで自然だけは溢れている。
「お守りをやろう」
「おまもり?」
子供の手に俺は鮮やかに色づいた紅葉の葉を一枚置いた。
「これを懐に入れておけ。いつでも迷わずにここに来られる」
「来てもいいの?」
「本当に困ったらな。それと、夜になる前に帰ると約束するなら」
「約束する!」
子供は大事そうに紅葉を懐にしまった。そして、俺を見上げて笑った。
「ありがとう、きつねさん!またあしたね!」
そして勢いよく駆け出していく。
「・・・毎日来るつもりか?」
俺の呟きだけが、聞く者のない社に虚しく響いた。
お題:「黄昏」、「紅」、「泣く」で創作しましょう。 #jidaiodai http://shindanmaker.com/138578
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かすかに響く泣き声に辺りを見渡す。
黄昏時の小さな稲荷の社(やしろ)。
もう風雨に朽ちて鳥居の紅もほとんど残っていないような寂れた社だが、ここが俺の居場所だ。
人が通わなくなって幾年経ったか覚えていない。仕えるはずの神も信仰を失って去っていった。それでも俺はここにいる。本体があるから。
そんな場所だから、久しく人の声など聞いていなかったが、迷い込んだのだろうか。
このまま夜になったらまずいだろう。
俺は声をたどった。
ぼろぼろの社の外れかけた扉から中をのぞくと、そこに子供がうずくまっていた。
聞こえるはずもないのに思わず声をかけていた。
「おい、何を泣いている」
驚いたことに、俺の声が聞こえたのか、子供はびくりと肩を震わせると泣き止んでこちらを見た。
涙で潤んだ瞳が、少しおびえている。
声が届くとは思わなかった俺は、逆にひるんで言葉を失い、二、三度馬鹿みたいに口を開け閉めした後、なんとか平静を取り戻した。
返事がないので仕方なく扉の辺りにしゃがみこむ。
「怖がらなくていい。なにもせん。どうしてそんなに泣いているんだ?そろそろ帰らんと暗くなるぞ」
できるだけ優しく言ったのが効いたのか、子供は目をごしごしとこすると立ち上がった。
ぽてぽてと歩いて俺に近づく。
「・・・神様?」
「いや、神じゃない。あれだ」
俺は俺の本体を指さした。
社の前で苔むしている狐の石像。一体は崩れてしまって、かろうじて残っているのは俺の方だけだ。
「きつね・・・さん?」
「そうだ。普通は俺の姿は見えないはずなんだが、お前は珍しい目を持っているんだな・・・怖いか?」
俺が聞くと、子供は勢いよく首を振った。勢いよく振り過ぎて首がもげるかと思ったが、それだけ否定してくれるのは、正直嬉しい。思わず笑うと、子供も嬉しそうに微笑んだ。
「怖くないならいいさ。さあ、帰れ。この辺りは人も寄らん。夜は危ないぞ」
「でも、いじめられるんだもん」
「それでここに逃げ込んで泣いていたのか」
それでも、子供を返さねば神隠しかあやかしのせいだといわれて、下手をするとここを壊されかねない。こんな場所でも俺には唯一の居場所なのだ。
俺は少し考えて、立ち上がった。境内とは名ばかりの狭い土地だが、人が来ないせいで自然だけは溢れている。
「お守りをやろう」
「おまもり?」
子供の手に俺は鮮やかに色づいた紅葉の葉を一枚置いた。
「これを懐に入れておけ。いつでも迷わずにここに来られる」
「来てもいいの?」
「本当に困ったらな。それと、夜になる前に帰ると約束するなら」
「約束する!」
子供は大事そうに紅葉を懐にしまった。そして、俺を見上げて笑った。
「ありがとう、きつねさん!またあしたね!」
そして勢いよく駆け出していく。
「・・・毎日来るつもりか?」
俺の呟きだけが、聞く者のない社に虚しく響いた。
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HN:
宵月楼 店主
性別:
非公開
自己紹介:
オリジナルの短い文章を書いています。アニメ、ゲーム、小説、マンガ、音楽、手作り、すべてそれなりに広く浅く趣味の範囲で。
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