宵月楼-しょうげつろう-
あやかし風味。ミステリー皆無。恋愛要素多少混入。
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【619】
外に人の気配を感じて、私はそっと障子を開けた。
月の光に照らされた庭に、山桜がはらはらと花弁を降らせている。
人手がなく荒れた庭だが、この季節だけは少しだけ優しい表情を見せるような気がする。
その山桜を見上げて手をさしのべている人影をみとめ、私は庭へ降りた。
見知らぬ者であろうことはわかっていた。この季節、家の者は、そう、母ですら、私の部屋が見える辺りの庭へは姿を現さないのだから。
誰何の声も上げず静かに近づいた私を、その人も静かな微笑みで迎えてくれた。
姿からして、市井の行商人のように見えた。大きな背負い箱を脇に置き、少し大袈裟に一礼する。
「無断でお庭をお騒がせいたしました。こちらの若君でいらっしゃいますか」
「そうです。あなたは?」
「飴売りでございますよ」
そう言って、男は私の手に薄い紙に包まれた飴玉を二個、ころんと落とした。
「この町中には珍しい山桜に誘われて、お邪魔いたしました。若君は聡いのですね。こっそり入り込んだ庭で見つかったのは初めてでございます」
いたずらっぽい笑みに思わずつられて笑ってしまう。
「どうせ見る者も居ない桜です。心行くまで見ていってください」
私がそう言うと、飴売りは少し訝しげに首をかしげた。
「なぜです?見事な桜ですのに。これは丹精されている証でありましょう?」
「昔の話です」
私はそっと桜の幹に手を当てた。
「この山桜を植えたのは、父上でした。自分で手入れをなさって、とても大切にしておられました。ですが、三年前、切腹されてから、誰も春にはここに近寄りません。父上を思い出すのでしょうが、見事に咲いた桜が毎年少し不憫です」
「若君はお優しいのですね」
飴売りはそう言って、私の頭を撫でた。
それはまるで在りし日の父上の手のようで、私は思わずぎゅっと目を閉じた。そうしないと泣いてしまいそうだったのだ。
少しの間そうしていたが、やがて聞こえてきた飴売りの声に私はやっと目を開けた。
「若君は、おいくつでいらっしゃいますか?」
「十になります」
「若君は、早く大人になろうとなさっているのですね」
飴売りは優しく笑んで手に降りしきる花弁をいくつか乗せた。
「桜が散り終わる頃に、枝をお探しください。桜をみせていただいたお礼に、若君に贈り物を差し上げましょう」
「贈り物ですか?何を?」
飴売りは背負い箱を背負った。
「飴売りは、飴しか人様に差し上げませぬよ。ただ、手前味噌ですが、少々特別な飴を作ることができるのでございます。では、失礼いたします」
ざあっと風が舞った。
花吹雪に思わず顔をかばう。
手を下ろしたときには、もう、飴売りはどこにもいなかった。
山桜は五日後、すべて散ってしまった。
そして私は、赤茶色の葉が繁る枝に、小さな巾着が結びつけられているのを見つけた。
中から出てきたのは、中に紅の花弁を封じ込めた飴玉。
一つ口に含むと、優しい甘さと共に耳元で懐かしい声がした。
「焦らずに大人になれ、虎若」
もう誰も呼ばない幼名で私を呼ぶ父上の声に、私は思わず泣き崩れた。
父上が亡くなって初めて、子供に戻って大声で泣いた。
お題: 「切腹」、「味噌」、「飴売り」で創作しましょう。 http://shindanmaker.com/138578
さすがに味噌は絡めなくて、手前味噌でごまかしました(^^;
いまいち飴売りと若君の言葉遣いが同じようで、読みにくくてすみません。
でも、若君も、育ちがよければよいほど、初対面の人に対する言葉遣いはちゃんとしている気がするんですよね。
なので、あえて二人とも丁寧です。
しかし、十歳でこの口調は大人すぎたかな(^^;
拍手ありがとうございます♪
情景が思い浮かぶというのは、最高の誉め言葉です。
そして、その半分を読んでくださる人の想像力に任せているので、読者にも恵まれているなあとありがたく思うのです(^^)。
参加しています。もしよろしければクリックお願いします。
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外に人の気配を感じて、私はそっと障子を開けた。
月の光に照らされた庭に、山桜がはらはらと花弁を降らせている。
人手がなく荒れた庭だが、この季節だけは少しだけ優しい表情を見せるような気がする。
その山桜を見上げて手をさしのべている人影をみとめ、私は庭へ降りた。
見知らぬ者であろうことはわかっていた。この季節、家の者は、そう、母ですら、私の部屋が見える辺りの庭へは姿を現さないのだから。
誰何の声も上げず静かに近づいた私を、その人も静かな微笑みで迎えてくれた。
姿からして、市井の行商人のように見えた。大きな背負い箱を脇に置き、少し大袈裟に一礼する。
「無断でお庭をお騒がせいたしました。こちらの若君でいらっしゃいますか」
「そうです。あなたは?」
「飴売りでございますよ」
そう言って、男は私の手に薄い紙に包まれた飴玉を二個、ころんと落とした。
「この町中には珍しい山桜に誘われて、お邪魔いたしました。若君は聡いのですね。こっそり入り込んだ庭で見つかったのは初めてでございます」
いたずらっぽい笑みに思わずつられて笑ってしまう。
「どうせ見る者も居ない桜です。心行くまで見ていってください」
私がそう言うと、飴売りは少し訝しげに首をかしげた。
「なぜです?見事な桜ですのに。これは丹精されている証でありましょう?」
「昔の話です」
私はそっと桜の幹に手を当てた。
「この山桜を植えたのは、父上でした。自分で手入れをなさって、とても大切にしておられました。ですが、三年前、切腹されてから、誰も春にはここに近寄りません。父上を思い出すのでしょうが、見事に咲いた桜が毎年少し不憫です」
「若君はお優しいのですね」
飴売りはそう言って、私の頭を撫でた。
それはまるで在りし日の父上の手のようで、私は思わずぎゅっと目を閉じた。そうしないと泣いてしまいそうだったのだ。
少しの間そうしていたが、やがて聞こえてきた飴売りの声に私はやっと目を開けた。
「若君は、おいくつでいらっしゃいますか?」
「十になります」
「若君は、早く大人になろうとなさっているのですね」
飴売りは優しく笑んで手に降りしきる花弁をいくつか乗せた。
「桜が散り終わる頃に、枝をお探しください。桜をみせていただいたお礼に、若君に贈り物を差し上げましょう」
「贈り物ですか?何を?」
飴売りは背負い箱を背負った。
「飴売りは、飴しか人様に差し上げませぬよ。ただ、手前味噌ですが、少々特別な飴を作ることができるのでございます。では、失礼いたします」
ざあっと風が舞った。
花吹雪に思わず顔をかばう。
手を下ろしたときには、もう、飴売りはどこにもいなかった。
山桜は五日後、すべて散ってしまった。
そして私は、赤茶色の葉が繁る枝に、小さな巾着が結びつけられているのを見つけた。
中から出てきたのは、中に紅の花弁を封じ込めた飴玉。
一つ口に含むと、優しい甘さと共に耳元で懐かしい声がした。
「焦らずに大人になれ、虎若」
もう誰も呼ばない幼名で私を呼ぶ父上の声に、私は思わず泣き崩れた。
父上が亡くなって初めて、子供に戻って大声で泣いた。
お題: 「切腹」、「味噌」、「飴売り」で創作しましょう。 http://shindanmaker.com/138578
さすがに味噌は絡めなくて、手前味噌でごまかしました(^^;
いまいち飴売りと若君の言葉遣いが同じようで、読みにくくてすみません。
でも、若君も、育ちがよければよいほど、初対面の人に対する言葉遣いはちゃんとしている気がするんですよね。
なので、あえて二人とも丁寧です。
しかし、十歳でこの口調は大人すぎたかな(^^;
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【618】
彼女は長き髪をなびかせ、崖の上の突き出た岩に立つと、左手を高く空へ伸ばす。
優美な手に誘われて三日月は弓へと、流れ星は矢へと姿を変え、彼女の手におさまる。
それを構えて鋭く空を見据える。
やがてきいきりと絞られた弓弦が解放されると、彼女が射た矢は光の軌跡を残して空へと吸い込まれ、ぱあんと四方八方へ飛び散った。
星が弾けて花火のようにそこここで煌めく。
星祭りの始まりを告げる星花火が今年も見事に夜空を飾る。
満足げに自分の仕事を見上げる彼女を、俺はそっと背中から抱き締めた。
俺の嫁は、この瞬間、誰よりも凛々しく美しいのだ。
お題: 「三日月」、「矢」、「嫁」で創作しましょう。 #jidaiodai http://shindanmaker.com/138578
明けましておめでとうのご挨拶ありがとうございました。
また、年末の掌編にも拍手をありがとうございます。
今年もよろしくです♪
参加しています。もしよろしければクリックお願いします。
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彼女は長き髪をなびかせ、崖の上の突き出た岩に立つと、左手を高く空へ伸ばす。
優美な手に誘われて三日月は弓へと、流れ星は矢へと姿を変え、彼女の手におさまる。
それを構えて鋭く空を見据える。
やがてきいきりと絞られた弓弦が解放されると、彼女が射た矢は光の軌跡を残して空へと吸い込まれ、ぱあんと四方八方へ飛び散った。
星が弾けて花火のようにそこここで煌めく。
星祭りの始まりを告げる星花火が今年も見事に夜空を飾る。
満足げに自分の仕事を見上げる彼女を、俺はそっと背中から抱き締めた。
俺の嫁は、この瞬間、誰よりも凛々しく美しいのだ。
お題: 「三日月」、「矢」、「嫁」で創作しましょう。 #jidaiodai http://shindanmaker.com/138578
明けましておめでとうのご挨拶ありがとうございました。
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大晦日。
人里から少し離れたその家は、古くこじんまりとしていたが暖かい空気で満ちていた。
除夜の鐘がかすかに聞こえる中、今夜は遅くまで明かりをつけ、囲炉裏に炭をおこしてある。
半龍半人である凛音は、その五歳ほどの少女の手には少し大きいどんぶりを一生懸命抱えて嬉しそうにそばを食べていた。
あまり季節の行事を経験していないせいで、何をするのも楽しいらしい。ましてや、夜更かしに夜中の食事となれば、子供なら誰でもはしゃぐというものである。
だが、凛音は不意に箸を止めると、宙を見据えて不思議な顔をした。
「あれ?」
声をあげた凛音に、同居するあやかしたちは一斉に視線を向けた。
「おそば、美味しくない?」
最初に声をかけたのは、猫又の翡翠。
自由に跳ねた黒髪と緑の瞳の猫又は、気まぐれで移り気な猫の性質のわりに器用で、料理は彼の担当である。他に任せると料理というのもおこがましいほどのものが出てくるので、まともなものを食べるためには仕方ない、と始めたのだが、今ではそれなりの腕前である。
ただし猫舌なので熱いものの味見だけはできない。
それゆえ、なにか味付けがおかしかったかと聞いているのだ。
どんぶりを持ったまま、凛音は首を振った。
「ううん、美味しいよ」
「良かった。のびるから早く食べなよ」
「うん・・・」
しかし、凛音はまだなにかを探るように宙に視線をさ迷わせている。
「凛音?具合でも?」
言葉少なに低めの声で静かに問うたのは、犬神の瑠璃丸であった。
雪のような白く長い髪と碧い瞳を持つ彼は、真面目な性格からいつしか行儀や読み書きを教えるようになり、凛音のことを母親のように気にかけるのがすっかりくせになっている。
それゆえ普段であれば様子がおかしいときにはほぼ原因は特定しているのだが、今は体の具合が悪いわけでもないし、何か思い悩んでいるというわけでもなさそうだった。
原因がわからず少し心配げな瑠璃丸に、凛音はこれも首を振った。
「具合、悪くないよ」
「じゃあ、どうした?様子が変だぜ?」
最後に妖狐の琥珀が言った。金茶の髪を背に流した琥珀は、切れ上がったその名の通り琥珀色の瞳を少し細めている。何事につけても大雑把に見えて、実は面倒見が良く心配性でもある彼は、娘のような凛音のことがかわいくて仕方ないのだ。
琥珀が、風邪でもひいたか、と身を乗り出して凛音の額に手を当ててみたりし始めたので、凛音は慌ててその手を押さえた。
「ごめんね。大丈夫だよ。ちょっと変な感じがしただけ」
「変って、何が?」
翡翠に問われて、凛音は天井を見上げた。
「うん・・・なんだかすごく大きなものが歩いていった感じがしたの。そしたら、すうって全部がきれいに澄んだ気がして・・・」
「ああ」
琥珀が笑って凛音の頭を撫でた。
「年が変わったんだ。良く気づいたな」
「年が?」
「そうだ。古い年神が去って、新しい年神がやって来た。年が改まって、すべてが新しくなった。それをお前は感じたんだよ」
凛音はそれで納得して、頷いた。
すうっとすべてが澄んで軽くなった感じがしたのは、古いものを古い年神が持ち去ったからだったのだ。
「俺たちは当たり前に感じていることだが、お前も感覚があやかしよりになってきたのかね。いいことか悪いことなのか」
半分人が混じっている凛音が、あやかしとして生きるのは難しいだろう、と人のように育てているつもりだったが、やはり生粋のあやかしたちに囲まれていれば、体の中のあやかしの力が目覚めてしまうのだろうか。
凛音が少しずつ人らしからぬ力に目覚めてゆくのを感じて苦笑した琥珀を、凛音は見上げた。
「悪いことなの?なんだかすごく気分がよかったよ?」
「いや、そうじゃねえんだ。気にすんな」
「悪いことじゃないんだね?良かった」
「あやかしに近かろうが、人に近かろうが、凛音は凛音でしょ。琥珀は心配しすぎなんだよ。あんまりいらない気を回してると、禿げるよ?」
「禿げねえよ!」
翡翠がからかい、琥珀が憮然として答えるのを見て、凛音が楽しそうに笑う。
瑠璃丸は、そんな凛音をかすかに微笑んで見ていたが、やがて持っていたどんぶりを床に置いて、居ずまいを正した。
「凛音、明けましておめでとう」
その声に、凛音もあわてて座り直す。
「明けましておめでとうございます。琥珀も、翡翠も、瑠璃丸も、今年もよろしくお願いします!」
そう言って、深々と頭を下げる。
「良くできたな」
瑠璃丸は優しく笑って凛音の頭を撫でると、ため息をついた。
「・・・恥ずかしくないのか?」
翡翠はどこ吹く風でその視線を受け流し、そばをすする。
「はいはい、明けましておめでとう。もうなん十回とやって来た年越しより、やっと冷めてきたそばの方が大事。冷ましながらのびる前に食べるの大変なんだから」
「知るか!猫舌なのが悪い!」
「凛音、今年もよろしくな。おい、瑠璃丸。めでてえんだから堅苦しい挨拶は抜きで飲もうぜ」
そう言う琥珀のそばには、年越しだからと買わされた酒徳利がごろんと転がっている。
「あんたはさっきからどれだけ飲んだんだ!」
声を荒げる瑠璃丸の着物を凛音は引っ張って笑った。
「瑠璃丸、いつも通りが一番だよ。こうやって一緒にお正月をできて、凛音、うれしいよ」
「・・・そうだな」
瑠璃丸は苦笑した。
けじめをつけたい気もするが、あやかしの長い生を考えると「いつも通りが一番」なのかもしれない。
「だが、あれは真似てはいけない」
真面目に凛音を諭す瑠璃丸を見て、琥珀が声をあげて笑った。
今年も、よろしくお願いします。
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人里から少し離れたその家は、古くこじんまりとしていたが暖かい空気で満ちていた。
除夜の鐘がかすかに聞こえる中、今夜は遅くまで明かりをつけ、囲炉裏に炭をおこしてある。
半龍半人である凛音は、その五歳ほどの少女の手には少し大きいどんぶりを一生懸命抱えて嬉しそうにそばを食べていた。
あまり季節の行事を経験していないせいで、何をするのも楽しいらしい。ましてや、夜更かしに夜中の食事となれば、子供なら誰でもはしゃぐというものである。
だが、凛音は不意に箸を止めると、宙を見据えて不思議な顔をした。
「あれ?」
声をあげた凛音に、同居するあやかしたちは一斉に視線を向けた。
「おそば、美味しくない?」
最初に声をかけたのは、猫又の翡翠。
自由に跳ねた黒髪と緑の瞳の猫又は、気まぐれで移り気な猫の性質のわりに器用で、料理は彼の担当である。他に任せると料理というのもおこがましいほどのものが出てくるので、まともなものを食べるためには仕方ない、と始めたのだが、今ではそれなりの腕前である。
ただし猫舌なので熱いものの味見だけはできない。
それゆえ、なにか味付けがおかしかったかと聞いているのだ。
どんぶりを持ったまま、凛音は首を振った。
「ううん、美味しいよ」
「良かった。のびるから早く食べなよ」
「うん・・・」
しかし、凛音はまだなにかを探るように宙に視線をさ迷わせている。
「凛音?具合でも?」
言葉少なに低めの声で静かに問うたのは、犬神の瑠璃丸であった。
雪のような白く長い髪と碧い瞳を持つ彼は、真面目な性格からいつしか行儀や読み書きを教えるようになり、凛音のことを母親のように気にかけるのがすっかりくせになっている。
それゆえ普段であれば様子がおかしいときにはほぼ原因は特定しているのだが、今は体の具合が悪いわけでもないし、何か思い悩んでいるというわけでもなさそうだった。
原因がわからず少し心配げな瑠璃丸に、凛音はこれも首を振った。
「具合、悪くないよ」
「じゃあ、どうした?様子が変だぜ?」
最後に妖狐の琥珀が言った。金茶の髪を背に流した琥珀は、切れ上がったその名の通り琥珀色の瞳を少し細めている。何事につけても大雑把に見えて、実は面倒見が良く心配性でもある彼は、娘のような凛音のことがかわいくて仕方ないのだ。
琥珀が、風邪でもひいたか、と身を乗り出して凛音の額に手を当ててみたりし始めたので、凛音は慌ててその手を押さえた。
「ごめんね。大丈夫だよ。ちょっと変な感じがしただけ」
「変って、何が?」
翡翠に問われて、凛音は天井を見上げた。
「うん・・・なんだかすごく大きなものが歩いていった感じがしたの。そしたら、すうって全部がきれいに澄んだ気がして・・・」
「ああ」
琥珀が笑って凛音の頭を撫でた。
「年が変わったんだ。良く気づいたな」
「年が?」
「そうだ。古い年神が去って、新しい年神がやって来た。年が改まって、すべてが新しくなった。それをお前は感じたんだよ」
凛音はそれで納得して、頷いた。
すうっとすべてが澄んで軽くなった感じがしたのは、古いものを古い年神が持ち去ったからだったのだ。
「俺たちは当たり前に感じていることだが、お前も感覚があやかしよりになってきたのかね。いいことか悪いことなのか」
半分人が混じっている凛音が、あやかしとして生きるのは難しいだろう、と人のように育てているつもりだったが、やはり生粋のあやかしたちに囲まれていれば、体の中のあやかしの力が目覚めてしまうのだろうか。
凛音が少しずつ人らしからぬ力に目覚めてゆくのを感じて苦笑した琥珀を、凛音は見上げた。
「悪いことなの?なんだかすごく気分がよかったよ?」
「いや、そうじゃねえんだ。気にすんな」
「悪いことじゃないんだね?良かった」
「あやかしに近かろうが、人に近かろうが、凛音は凛音でしょ。琥珀は心配しすぎなんだよ。あんまりいらない気を回してると、禿げるよ?」
「禿げねえよ!」
翡翠がからかい、琥珀が憮然として答えるのを見て、凛音が楽しそうに笑う。
瑠璃丸は、そんな凛音をかすかに微笑んで見ていたが、やがて持っていたどんぶりを床に置いて、居ずまいを正した。
「凛音、明けましておめでとう」
その声に、凛音もあわてて座り直す。
「明けましておめでとうございます。琥珀も、翡翠も、瑠璃丸も、今年もよろしくお願いします!」
そう言って、深々と頭を下げる。
「良くできたな」
瑠璃丸は優しく笑って凛音の頭を撫でると、ため息をついた。
「・・・恥ずかしくないのか?」
翡翠はどこ吹く風でその視線を受け流し、そばをすする。
「はいはい、明けましておめでとう。もうなん十回とやって来た年越しより、やっと冷めてきたそばの方が大事。冷ましながらのびる前に食べるの大変なんだから」
「知るか!猫舌なのが悪い!」
「凛音、今年もよろしくな。おい、瑠璃丸。めでてえんだから堅苦しい挨拶は抜きで飲もうぜ」
そう言う琥珀のそばには、年越しだからと買わされた酒徳利がごろんと転がっている。
「あんたはさっきからどれだけ飲んだんだ!」
声を荒げる瑠璃丸の着物を凛音は引っ張って笑った。
「瑠璃丸、いつも通りが一番だよ。こうやって一緒にお正月をできて、凛音、うれしいよ」
「・・・そうだな」
瑠璃丸は苦笑した。
けじめをつけたい気もするが、あやかしの長い生を考えると「いつも通りが一番」なのかもしれない。
「だが、あれは真似てはいけない」
真面目に凛音を諭す瑠璃丸を見て、琥珀が声をあげて笑った。
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新年のご挨拶を申し上げます。
旧年中は、短くつたない文章ばかりのこのブログに足を運んでいただきありがとうございました。
色々なことがあり、文章を書けなくなったり、うまく表現できなかったり、自信がなくなったり、開き直ったり、失ったり、少し得るものがあったり、とにかくせわしなく、読みづらい部分も多かったのではないかと思います。
それでも来てくださる方々の足跡や拍手が勇気になってここまで歩いてきた感じです。
相変わらず、低空飛行ですが、細々とやっていきますので、ふらりと遊びに来てくださいね。
今年は、今までと同じく「一枚のイラストが思い浮かぶような」ついのべや掌編を書いていきたいと思います。
できるだけ、ほのぼの系やあったかい感じで。
切ないものも混じるかもしれませんが、根底に「相手を思う気持ち」が入っていれば良しかな、と思っているんですがどうでしょう?(^^;。
ジャンルはやっぱり時代物、あやかしものが多くなるでしょうが、猫視点も楽しいし、ボカロ系も少しあるかも。
ボカロは二次創作になるのかな。
書いたとしても、かなりオリジナルに近いものになると思います。
他にも「こんなお題で」というのがあったらぜひ放り投げてくださいませ。
そんなこんなで、結局、今までと方向性は変わらないというお話w
Twitterでは翡翠や瑠璃丸、琥珀が好き勝手おしゃべりしてますので、そちらもどうぞ覗いてやってください。
そちらでは、彼らも新年のご挨拶をいたします。
では、今年もうちのあやかしたちと当ブログをよろしくお願いいたします。
2012年、元旦。
旧年中は、短くつたない文章ばかりのこのブログに足を運んでいただきありがとうございました。
色々なことがあり、文章を書けなくなったり、うまく表現できなかったり、自信がなくなったり、開き直ったり、失ったり、少し得るものがあったり、とにかくせわしなく、読みづらい部分も多かったのではないかと思います。
それでも来てくださる方々の足跡や拍手が勇気になってここまで歩いてきた感じです。
相変わらず、低空飛行ですが、細々とやっていきますので、ふらりと遊びに来てくださいね。
今年は、今までと同じく「一枚のイラストが思い浮かぶような」ついのべや掌編を書いていきたいと思います。
できるだけ、ほのぼの系やあったかい感じで。
切ないものも混じるかもしれませんが、根底に「相手を思う気持ち」が入っていれば良しかな、と思っているんですがどうでしょう?(^^;。
ジャンルはやっぱり時代物、あやかしものが多くなるでしょうが、猫視点も楽しいし、ボカロ系も少しあるかも。
ボカロは二次創作になるのかな。
書いたとしても、かなりオリジナルに近いものになると思います。
他にも「こんなお題で」というのがあったらぜひ放り投げてくださいませ。
そんなこんなで、結局、今までと方向性は変わらないというお話w
Twitterでは翡翠や瑠璃丸、琥珀が好き勝手おしゃべりしてますので、そちらもどうぞ覗いてやってください。
そちらでは、彼らも新年のご挨拶をいたします。
では、今年もうちのあやかしたちと当ブログをよろしくお願いいたします。
2012年、元旦。
【616】 雪
「君が好き」呟く僕の白い息 凍って君の街に降り積む
【617】 終わりに始まる僕と君
年の暮れ、なんて言われても猫にはなんの関係もないけど、人間たちがばたばたしてていつも以上に忙しないことはわかる。
大変だって顔して、いつもより早足で、野良猫に興味がないならともかく、邪魔扱いされるからたまったもんじゃない。
ねぐらは追い出されるし、オオソウジとかで公園も空き地も段ボールひとつ落ちてない。
寝る場所がなくて、僕は途方にくれていた。
しかも寒くて、お腹も空いた。
「・・・ひゃあぁ・・・」
お腹に力が入らなくて、にゃあと鳴くこともできない。
僕はすとんと座ると、もう諦めて丸くなった。
明日になったら死んじゃうんだな。
ちょっとお腹が空いてるけど、寝てるうちなら苦しくないかなあ、なんて考えた時だった。
ふわりと体が浮いて、なんだか大きくて暖かいものに包まれた気がした。
もう半分ぼんやりした頭で、それでも少し顔をあげると、優しい目が僕を見てた。
ああ、なんか安心する。
そう思ったら急に眠くなった。
眠る寸前、柔らかな声が、体に響いてきた気がした。
「もう大丈夫だよ。安心しておやすみ」
うん。
僕はうっとりとその声に包まれて眠りについた。
明日起きたときも、そばに居てくれるかな。
きっと僕は君を好きになるよ。
だから、夢じゃありませんように。
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「君が好き」呟く僕の白い息 凍って君の街に降り積む
【617】 終わりに始まる僕と君
年の暮れ、なんて言われても猫にはなんの関係もないけど、人間たちがばたばたしてていつも以上に忙しないことはわかる。
大変だって顔して、いつもより早足で、野良猫に興味がないならともかく、邪魔扱いされるからたまったもんじゃない。
ねぐらは追い出されるし、オオソウジとかで公園も空き地も段ボールひとつ落ちてない。
寝る場所がなくて、僕は途方にくれていた。
しかも寒くて、お腹も空いた。
「・・・ひゃあぁ・・・」
お腹に力が入らなくて、にゃあと鳴くこともできない。
僕はすとんと座ると、もう諦めて丸くなった。
明日になったら死んじゃうんだな。
ちょっとお腹が空いてるけど、寝てるうちなら苦しくないかなあ、なんて考えた時だった。
ふわりと体が浮いて、なんだか大きくて暖かいものに包まれた気がした。
もう半分ぼんやりした頭で、それでも少し顔をあげると、優しい目が僕を見てた。
ああ、なんか安心する。
そう思ったら急に眠くなった。
眠る寸前、柔らかな声が、体に響いてきた気がした。
「もう大丈夫だよ。安心しておやすみ」
うん。
僕はうっとりとその声に包まれて眠りについた。
明日起きたときも、そばに居てくれるかな。
きっと僕は君を好きになるよ。
だから、夢じゃありませんように。
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HN:
宵月楼 店主
性別:
非公開
自己紹介:
オリジナルの短い文章を書いています。アニメ、ゲーム、小説、マンガ、音楽、手作り、すべてそれなりに広く浅く趣味の範囲で。
カウンター