宵月楼-しょうげつろう-
あやかし風味。ミステリー皆無。恋愛要素多少混入。
[43] [44] [45] [46] [47] [48] [49] [50] [51] [52] [53]
【740】 自分すら
「努力してる人見ても何も感じないんだ」冷めた目で言う君の態度が誤解を招くとしても、僕だけは君の味方でいよう。なんでもできる君は、何かに手を伸ばすことの楽しさを忘れてしまっただけだから。いつか自分すら要らないと思わないように、僕だけは君を必要だって言い続けるよ。
【741】 このばか
夜にも関わらず、たいして欲しいものも無いのに、用があるような振りをして、こんな時間にコンビニに行く理由なんて、一つしかないだろう。「また来たの?」「当たり前だろ?」こんな時間にバイト入れやがって。夜道は危ねえんだ。ばか妹め。
お題:『努力してる人見ても何も感じないんだ』or『コンビニに行く理由 』【男装】 #kuroyagi http://t.co/aZ8NJ49D
【742】 ねえ
「ねぇ、今誰と間違って呼んだの?」目をすこし細めて、そこらの女子が見たらきゃあきゃあ騒ぐような笑顔なんだろうけど、どう見ても猫が獲物を見ているようにしか見えない。顔がいいから余計に怖い。「あんたには関係」「あるよ」「え?」「だって君が好きだもの」「えええ?!」
【743】 僕の在り方
流れる時間の傍観者。遠くから見守るだけの幽霊のような存在。重なっているようでずれている時間。手を伸ばしても君には届かない。君の名を叫んでも君には聞こえない。それがあやかしである僕の在り方。わかってる。だけど時々ひどく寂しい。君に触れたいんだ。どうしたら、いい?
お題:『ねぇ、今誰と間違って呼んだの?』or『僕の在り方 』【ツインテール】 #kuroyagi http://t.co/aZ8NJ49D
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「努力してる人見ても何も感じないんだ」冷めた目で言う君の態度が誤解を招くとしても、僕だけは君の味方でいよう。なんでもできる君は、何かに手を伸ばすことの楽しさを忘れてしまっただけだから。いつか自分すら要らないと思わないように、僕だけは君を必要だって言い続けるよ。
【741】 このばか
夜にも関わらず、たいして欲しいものも無いのに、用があるような振りをして、こんな時間にコンビニに行く理由なんて、一つしかないだろう。「また来たの?」「当たり前だろ?」こんな時間にバイト入れやがって。夜道は危ねえんだ。ばか妹め。
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【742】 ねえ
「ねぇ、今誰と間違って呼んだの?」目をすこし細めて、そこらの女子が見たらきゃあきゃあ騒ぐような笑顔なんだろうけど、どう見ても猫が獲物を見ているようにしか見えない。顔がいいから余計に怖い。「あんたには関係」「あるよ」「え?」「だって君が好きだもの」「えええ?!」
【743】 僕の在り方
流れる時間の傍観者。遠くから見守るだけの幽霊のような存在。重なっているようでずれている時間。手を伸ばしても君には届かない。君の名を叫んでも君には聞こえない。それがあやかしである僕の在り方。わかってる。だけど時々ひどく寂しい。君に触れたいんだ。どうしたら、いい?
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瑠璃丸のお話。
ややこしいですが、冒頭と最後は現代。他は江戸中期頃のお話です。
では、一足早い桜の物語をどうぞ。
桜吹雪に君を待つ春
花びらが降る。
犬神の瑠璃丸はその薄紅の欠片が際限なく降り注ぐのを、声もなく見つめていた。
長い髪を頭の上の方でひとつに束ねた髪型は、今の時代、男には珍しいものであったが、すらりとした体格とあいまって、まるで時代劇の剣士のような印象を見る者に与える。ニットとジーンズは黒一色でそれが少し近寄りがたい印象を与えるが、それでも女性の目をひくには十分な独特の鋭い雰囲気を宿している。
しかし、本人は周りの目など気づいていないかのように、一人静かに桜を見上げていた。
いつも桜の花吹雪を見ると、周りの喧騒は消えうせ、ただその花びらの中に自分と彼女だけがいるような気持ちになるのだ。
だが、ここに彼女はいない。
瑠璃丸は、つきりと痛む胸をそっと左手で押さえた。
それは、二百年ほど前の話になる。
瑠璃丸は、ある春の日、何の目的もなく旅に出た。
本来孤独なあやかしが幼くして拾われ人間に育てられたという自分の境遇に疑問を持ったわけではない。
気は合わなくとも兄弟のように育った猫又の翡翠が、ふらりと家を空けて帰らなくなったのも猫の性故のことと思っていた。
だが、なぜだろう。
気づけば遠くに思いを馳せるようになっていた。
風の匂いに、日の光の揺らめきに胸がざわつき、そのまま原因を探しに駆けて行きたい衝動に駆られた。
不器用な言葉でそれを告げた瑠璃丸を、妖狐の琥珀は何故か柔らかい眼差しで見て、当座の旅費を無造作に投げてよこした。
「行って来い。おまえももう子供じゃねえってこった」
そこにこもった感情を読み取り損ねて瑠璃丸は琥珀を無言で見つめたが、琥珀はそれをかわすように視線を外し、「野垂れ死ぬ前に帰ってこいよ」と言っただけだった。
ほんの少しの荷物だけを持って、行く当てもないまま山野をさすらう生活が始まった。
どこへ行ってもいい。
行かなくてもいい。
ただ、気の向くままに旅をする。
そうして一年二年と過ぎればそれなりにこつもつかめるもので、時折人里で日銭を稼ぐ他は大抵山や野で食べ物を調達し、山で暮らすようになっていた。
犬神の性質上もとより鼻が利くし、人と関わらずに暮らしていると感覚が鋭くなるのか、食べるものには困らない。
また、人と触れあうのがあまり得意ではなかったので、極力人と関わらない自分一人の生活というのは気が休まった。
一人きりで過ごしていると、あやかしの本性が自分の中で大きくなっていくのを感じる。
時に白い山犬の姿に戻って野をかける。
闇の中にあやかしの世界が広がっているのを肌で感じる。
それは自由で、奔放で、時に血なまぐさい。
人に害をなすあやかしを懲らしめるようになったのは、そうやってあやかしの世界に触れるうちに人を害するものが必要に迫られているのか、単に遊びでやっているのか見分けられるようになったからだった。
対象になるのが人の世界でも悪事を働くような輩であれば止めはしないが、真っ正直に生きているものを弄ぶのはどうにも放っておけなかったのだ。
「あやかしのくせに人の味方をするのか」
そう問われると、瑠璃丸は大抵首を振ってこう答えた。
「自分より弱いものを害する卑劣が許せぬだけだ」
そんな生活の中、雪深い冬の日に助けたのがその娘だった。
小柄な人影が雪に足を取られ倒れるのを見て、瑠璃丸はとっさに駆け出していた。
娘は追われていた。
気配からして、あやかしどもは人を食らう種類のようだった。
それも生きていくためならば仕方ないと思わないでもなかったが、やはり目の前で人が殺されるのを見るのは気分が良くない。まして女子供であればなおのこと。
その程度には人という存在は瑠璃丸の中ではやはり近しいものだったのだ。
それに、なにより、彼女から漂ってくる不穏な匂いに瑠璃丸は迷わず介入を決めた。
「よせ」
言葉少なに双方の間に割り込む。
追ってきたあやかしたちは、いきなり現れた小柄な人の姿の瑠璃丸に驚いて立ち止まった。
気配からあやかしとわかるだろうが、黒い着物に袴姿の少年にしか見えない瑠璃丸が何者か捕らえかねて、すぐには攻撃を仕掛けてこない。
娘の方は息も絶え絶えでもう一歩も動けないのか、その場から去る気配はない。
去ってくれれば時間稼ぎをしやすいのだが、と思いつつ、瑠璃丸はあやかしたちと対峙した。
「どけ、小僧」
気が荒そうな大柄のあやかしが太い腕を勢いよく振り上げ、瑠璃丸めがけて振り下ろした。
かばわれた娘が、背後で小さな悲鳴を上げる。
だが、瑠璃丸はそれを右手を少し持ち上げるだけで受け止めて、腕の下から鋭い目つきで頭二つ分は上背のある相手を見上げた。
「これを狙うのはよした方がいい」
「なに?」
「死臭がする。これほど若くしてほどなく死ぬのだ。悪い病やも知れぬ。腹を壊すぞ」
娘からは死期の近い匂いがしていたのだ。
あやかしが人の病に影響を受けることは少ない。自分の言葉が彼らを押さえられるとは、瑠璃丸も考えてはいない。むしろ、言葉で説得するように見せて、その妖気とまなざしで相手を圧倒し、害をなすなら自分が相手になると脅すのが目的だった。
「・・・ちっ」
自慢の膂力でも片腕で止められたことに衝撃を受けてもいたのだろう。
あやかしは大人しく背を向けて去った。
人と違い、あやかしはわかりやすい。
力ある者が上に立ち、よほどのことがない限りそれに逆らおうなどとは思わない。
故に瑠璃丸はわかりやすく自分の方が強いと誇示して見せたのだった。
そして、天邪鬼でもない限り、一度決めたことは必ず守るのが常だ。少なくともあのあやかしはもうこの娘を狙わないだろう。
当座の危険は去ったと判断して、瑠璃丸はその場から自分も去ろうとした。
しかし。
「待って」
息が上がって少しかすれてはいたものの、柔らかな響きをもつ声が瑠璃丸を引きとどめた。
それは、あやかしに追われ、目の前で尋常ではない受け答えをしているのを見ていたと思えないほど落ち着いた声だった。
それに微かな驚きを覚えて振り返った瑠璃丸は、しばし言葉を失った。
雪の上に座りなおした娘は、美しい金の髪と青い瞳をしていたのだ。
先程は気づかなかったが、風になびくその髪は太陽の光を受けてキラキラと輝いている。
その初めて見る色に瑠璃丸は目を奪われた。
「あの?」
振り返ったものの何も言わない瑠璃丸に、娘は小首をかしげて問いかける。
傾いた首に沿って、金の髪がさらりと流れ落ちる。
「・・・きれいだ」
ぽつりと呟いて、瑠璃丸はその場に膝をついた。
人より長く生きているとはいえ、あやかしの尺度で測ればまだまだ子供からやっと成長し始めた程度の年頃といえる。外見も、人で言えば十四、五くらいであるし、精神的にもそのくらいであろう。まだ子供特有の純粋さが多分に残っているのか、瑠璃丸は何も考えずその金色の髪に手を伸ばした。
娘はあまりにも瑠璃丸が自然に手を伸ばしたものだから、特に身構えることもなくそれを見ていた。
「・・・太陽の、光みたいだ」
もう一度ぽつりと瑠璃丸が呟く。
「ありがとう」
にっこりと微笑んだ娘の声に瑠璃丸はやっと我に返って、目を見開くと二、三度瞬きをした。
本当に、無意識の内に手を伸ばしていたというように自分の手を見つめ、自分の手がそっと包み込んでいる髪を見つめ、そして微笑む娘に視線を移してやっと髪から慌てて手を離す。
「す、すまぬ!無礼を・・・!」
「気にしないで。この髪をほめてもらったのは初めて。貴方もとても綺麗な髪をしているのね。それに、なんて綺麗な、碧の目・・・」
その声が次第に小さくなり、ぱたりと細い体が雪の上に倒れた。
「おい、どうした?」
瑠璃丸が声をかけても、起き上がる気配がない。息は荒く、顔色が蒼白になっている。病の身に先程の出来事が負担をかけたに違いない。
瑠璃丸は一瞬ためらったが、すぐに彼女を抱き上げると背負った。
そして雪の中を重さなど感じないような足取りで歩き出した。
小さなその住まいは、岩山の洞に手を入れた瑠璃丸の隠れ家だった。
風雨をしのげ、火を焚くこともでき、軽い封を施しておけば人に荒らされることもない。
旅に流れて行くのも悪くないが、冬になったこともあり、ここ数ヵ月はここを拠点にして数日出掛けては帰るような生活を送っていた。
少し足を伸ばせば村があり、しかしこの辺りは滅多に人が入らない険しさがあり、隠れ住むにはちょうどよかったのだ。
背負ってきた娘を寝床代わりにしている柔らかな枯れ草の山にそっと横たえると、その上に一枚着物を掛けて、瑠璃丸は手作りのかまどに火をおこし、部屋を暖めた。
鍋にすくってきた雪を溶かして水を作り、山野草と米を煮込む。
塩だの味噌だのはさすがに作るのは無理なので、人里で山で採れたものと交換してもらったものだ。
村人はおそらく瑠璃丸のことを山向こうの猟師とでも思っているのだろう。もとよりのどかな土地柄ゆえか、人々は優しく、人当たりが良い。物々交換にも気前よく応じてくれた。
そうしているうちに、寝かせていた娘が目を覚ました。
顔色は良くないが、少し落ち着いたのかゆっくりと体を起こし周りを興味深そうに眺めた。
「気分はどうだ?」
「え、ええ。大丈夫」
そう言う彼女に、瑠璃丸は畳んで置いておいた着物を無造作に差し出した。
「・・・着物を」
「え?」
「これに着替えたら、その濡れた着物を干せるのだが。あまり冷えては体によくない・・・男物で申し訳ないのだが」
呆然とする娘に着物を押し付けるように渡すと、瑠璃丸は立ち上がって外へ出た。
しばらくして娘が呼ぶ声に戻ると、着替えた娘は自分の着物を干し、髪を手ぬぐいで隠している所だった。
「ありがとうございます。そこに干しても良かったかしら?」
「・・・ああ。あの・・・」
「はい?」
「この辺はふもとの村人も足を踏み入れぬ。近づいたら教える。だから、その・・・」
瑠璃丸はしばし口ごもっていたが、やがて意を決して彼女を見つめた。少し頬が赤くなっている。
「それを隠さないでくれないか」
「それ・・・?髪?」
頷く瑠璃丸に彼女は微笑んだ。
「命の恩人のお願いでは、断れないわ」
さらりと手ぬぐいが解かれる。
薄暗い部屋に、金の光が舞った。
「気味が悪くないかしら?貴方は白い髪と碧の目なのね。あやかしには見慣れた色なの?」
あやかしに追われて逃げるということは、彼女の目には人には見えぬものが見えているのだろうと想像はついていた。
「やはりな。あんたは・・・人であるのにあやかしを見る目を持っているのだな」
「・・・ええ。見えるだけだけれど。よく言われたわ。あやかしを祓ったり封じる力があればもっと稼げるのに、って」
彼女は苦笑する。あやかしとわかっていても態度の自然な彼女に瑠璃丸は少し興味が出てきた。
彼女の前に座ると、じっと見つめた。
「名は?」
「さくら」
「さくら?珍しい髪と目だが、異国から来たのではないのか?」
「母が異国の人なの。金の髪と青い瞳が珍しくて、見世物として旅回りをしてたのだけど、私をが五歳の時に病で死んでしまったわ。その母が好きだったのが桜。最初に覚えたこの国の言葉が桜だったんですって」
「そうか・・・」
「だから、私が生まれたときにさくらと名付けたのよ。この国の、一番美しい花の名だと言って」
そう言って、さくらは微笑んだ。綺麗なのにどこか寂しげな笑みだ、と瑠璃丸は思った。病の身であることが、儚さを感じさせるのだろうか。
「私も母のように旅回りをしていたのだけど、死病に冒されてしまって。もう先が長くないと思ったら無性にどこかへ行きたくなって・・・逃げてきたの」
さらりと言うが、見世物として連れられていたのなら、逃げるのは容易ではなかっただろう。だが、さくらはその一言で終わらせ、それ以上は語らなかった。
瑠璃丸も無理に聞きだすつもりはなかった。
もって数日。
その余命でどうしたいのか、その方が気になった。
「行くあては?」
問う瑠璃丸に、さくらは微笑んだまま黙って首を横に振った。
「ならば・・・ここにいればいい」
瑠璃丸は考える前にそう言っていた。
「え?」
「ここならば誰にも邪魔はされぬ。追っても来ぬだろうし、あやかしも近寄らせぬ。その・・・俺が嫌でなければ、だが・・・」
少しうつむき気味に言って、瑠璃丸は彼女の表情をうかがった。上目遣いの何かをねだる子供のようなその表情に、さくらの笑みが少し明るいものになる。
「甘えても・・・いいかしら?」
「あ・・・ああ」
瑠璃丸は嬉しげに頷いた。
「俺は瑠璃丸。犬神だ。不便があったらなんでも言ってくれ」
「ええ」
こうして、彼女は瑠璃丸の元に留まることとなった。
【弐へ】
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桜吹雪に君を待つ春
花びらが降る。
犬神の瑠璃丸はその薄紅の欠片が際限なく降り注ぐのを、声もなく見つめていた。
長い髪を頭の上の方でひとつに束ねた髪型は、今の時代、男には珍しいものであったが、すらりとした体格とあいまって、まるで時代劇の剣士のような印象を見る者に与える。ニットとジーンズは黒一色でそれが少し近寄りがたい印象を与えるが、それでも女性の目をひくには十分な独特の鋭い雰囲気を宿している。
しかし、本人は周りの目など気づいていないかのように、一人静かに桜を見上げていた。
いつも桜の花吹雪を見ると、周りの喧騒は消えうせ、ただその花びらの中に自分と彼女だけがいるような気持ちになるのだ。
だが、ここに彼女はいない。
瑠璃丸は、つきりと痛む胸をそっと左手で押さえた。
それは、二百年ほど前の話になる。
瑠璃丸は、ある春の日、何の目的もなく旅に出た。
本来孤独なあやかしが幼くして拾われ人間に育てられたという自分の境遇に疑問を持ったわけではない。
気は合わなくとも兄弟のように育った猫又の翡翠が、ふらりと家を空けて帰らなくなったのも猫の性故のことと思っていた。
だが、なぜだろう。
気づけば遠くに思いを馳せるようになっていた。
風の匂いに、日の光の揺らめきに胸がざわつき、そのまま原因を探しに駆けて行きたい衝動に駆られた。
不器用な言葉でそれを告げた瑠璃丸を、妖狐の琥珀は何故か柔らかい眼差しで見て、当座の旅費を無造作に投げてよこした。
「行って来い。おまえももう子供じゃねえってこった」
そこにこもった感情を読み取り損ねて瑠璃丸は琥珀を無言で見つめたが、琥珀はそれをかわすように視線を外し、「野垂れ死ぬ前に帰ってこいよ」と言っただけだった。
ほんの少しの荷物だけを持って、行く当てもないまま山野をさすらう生活が始まった。
どこへ行ってもいい。
行かなくてもいい。
ただ、気の向くままに旅をする。
そうして一年二年と過ぎればそれなりにこつもつかめるもので、時折人里で日銭を稼ぐ他は大抵山や野で食べ物を調達し、山で暮らすようになっていた。
犬神の性質上もとより鼻が利くし、人と関わらずに暮らしていると感覚が鋭くなるのか、食べるものには困らない。
また、人と触れあうのがあまり得意ではなかったので、極力人と関わらない自分一人の生活というのは気が休まった。
一人きりで過ごしていると、あやかしの本性が自分の中で大きくなっていくのを感じる。
時に白い山犬の姿に戻って野をかける。
闇の中にあやかしの世界が広がっているのを肌で感じる。
それは自由で、奔放で、時に血なまぐさい。
人に害をなすあやかしを懲らしめるようになったのは、そうやってあやかしの世界に触れるうちに人を害するものが必要に迫られているのか、単に遊びでやっているのか見分けられるようになったからだった。
対象になるのが人の世界でも悪事を働くような輩であれば止めはしないが、真っ正直に生きているものを弄ぶのはどうにも放っておけなかったのだ。
「あやかしのくせに人の味方をするのか」
そう問われると、瑠璃丸は大抵首を振ってこう答えた。
「自分より弱いものを害する卑劣が許せぬだけだ」
そんな生活の中、雪深い冬の日に助けたのがその娘だった。
小柄な人影が雪に足を取られ倒れるのを見て、瑠璃丸はとっさに駆け出していた。
娘は追われていた。
気配からして、あやかしどもは人を食らう種類のようだった。
それも生きていくためならば仕方ないと思わないでもなかったが、やはり目の前で人が殺されるのを見るのは気分が良くない。まして女子供であればなおのこと。
その程度には人という存在は瑠璃丸の中ではやはり近しいものだったのだ。
それに、なにより、彼女から漂ってくる不穏な匂いに瑠璃丸は迷わず介入を決めた。
「よせ」
言葉少なに双方の間に割り込む。
追ってきたあやかしたちは、いきなり現れた小柄な人の姿の瑠璃丸に驚いて立ち止まった。
気配からあやかしとわかるだろうが、黒い着物に袴姿の少年にしか見えない瑠璃丸が何者か捕らえかねて、すぐには攻撃を仕掛けてこない。
娘の方は息も絶え絶えでもう一歩も動けないのか、その場から去る気配はない。
去ってくれれば時間稼ぎをしやすいのだが、と思いつつ、瑠璃丸はあやかしたちと対峙した。
「どけ、小僧」
気が荒そうな大柄のあやかしが太い腕を勢いよく振り上げ、瑠璃丸めがけて振り下ろした。
かばわれた娘が、背後で小さな悲鳴を上げる。
だが、瑠璃丸はそれを右手を少し持ち上げるだけで受け止めて、腕の下から鋭い目つきで頭二つ分は上背のある相手を見上げた。
「これを狙うのはよした方がいい」
「なに?」
「死臭がする。これほど若くしてほどなく死ぬのだ。悪い病やも知れぬ。腹を壊すぞ」
娘からは死期の近い匂いがしていたのだ。
あやかしが人の病に影響を受けることは少ない。自分の言葉が彼らを押さえられるとは、瑠璃丸も考えてはいない。むしろ、言葉で説得するように見せて、その妖気とまなざしで相手を圧倒し、害をなすなら自分が相手になると脅すのが目的だった。
「・・・ちっ」
自慢の膂力でも片腕で止められたことに衝撃を受けてもいたのだろう。
あやかしは大人しく背を向けて去った。
人と違い、あやかしはわかりやすい。
力ある者が上に立ち、よほどのことがない限りそれに逆らおうなどとは思わない。
故に瑠璃丸はわかりやすく自分の方が強いと誇示して見せたのだった。
そして、天邪鬼でもない限り、一度決めたことは必ず守るのが常だ。少なくともあのあやかしはもうこの娘を狙わないだろう。
当座の危険は去ったと判断して、瑠璃丸はその場から自分も去ろうとした。
しかし。
「待って」
息が上がって少しかすれてはいたものの、柔らかな響きをもつ声が瑠璃丸を引きとどめた。
それは、あやかしに追われ、目の前で尋常ではない受け答えをしているのを見ていたと思えないほど落ち着いた声だった。
それに微かな驚きを覚えて振り返った瑠璃丸は、しばし言葉を失った。
雪の上に座りなおした娘は、美しい金の髪と青い瞳をしていたのだ。
先程は気づかなかったが、風になびくその髪は太陽の光を受けてキラキラと輝いている。
その初めて見る色に瑠璃丸は目を奪われた。
「あの?」
振り返ったものの何も言わない瑠璃丸に、娘は小首をかしげて問いかける。
傾いた首に沿って、金の髪がさらりと流れ落ちる。
「・・・きれいだ」
ぽつりと呟いて、瑠璃丸はその場に膝をついた。
人より長く生きているとはいえ、あやかしの尺度で測ればまだまだ子供からやっと成長し始めた程度の年頃といえる。外見も、人で言えば十四、五くらいであるし、精神的にもそのくらいであろう。まだ子供特有の純粋さが多分に残っているのか、瑠璃丸は何も考えずその金色の髪に手を伸ばした。
娘はあまりにも瑠璃丸が自然に手を伸ばしたものだから、特に身構えることもなくそれを見ていた。
「・・・太陽の、光みたいだ」
もう一度ぽつりと瑠璃丸が呟く。
「ありがとう」
にっこりと微笑んだ娘の声に瑠璃丸はやっと我に返って、目を見開くと二、三度瞬きをした。
本当に、無意識の内に手を伸ばしていたというように自分の手を見つめ、自分の手がそっと包み込んでいる髪を見つめ、そして微笑む娘に視線を移してやっと髪から慌てて手を離す。
「す、すまぬ!無礼を・・・!」
「気にしないで。この髪をほめてもらったのは初めて。貴方もとても綺麗な髪をしているのね。それに、なんて綺麗な、碧の目・・・」
その声が次第に小さくなり、ぱたりと細い体が雪の上に倒れた。
「おい、どうした?」
瑠璃丸が声をかけても、起き上がる気配がない。息は荒く、顔色が蒼白になっている。病の身に先程の出来事が負担をかけたに違いない。
瑠璃丸は一瞬ためらったが、すぐに彼女を抱き上げると背負った。
そして雪の中を重さなど感じないような足取りで歩き出した。
小さなその住まいは、岩山の洞に手を入れた瑠璃丸の隠れ家だった。
風雨をしのげ、火を焚くこともでき、軽い封を施しておけば人に荒らされることもない。
旅に流れて行くのも悪くないが、冬になったこともあり、ここ数ヵ月はここを拠点にして数日出掛けては帰るような生活を送っていた。
少し足を伸ばせば村があり、しかしこの辺りは滅多に人が入らない険しさがあり、隠れ住むにはちょうどよかったのだ。
背負ってきた娘を寝床代わりにしている柔らかな枯れ草の山にそっと横たえると、その上に一枚着物を掛けて、瑠璃丸は手作りのかまどに火をおこし、部屋を暖めた。
鍋にすくってきた雪を溶かして水を作り、山野草と米を煮込む。
塩だの味噌だのはさすがに作るのは無理なので、人里で山で採れたものと交換してもらったものだ。
村人はおそらく瑠璃丸のことを山向こうの猟師とでも思っているのだろう。もとよりのどかな土地柄ゆえか、人々は優しく、人当たりが良い。物々交換にも気前よく応じてくれた。
そうしているうちに、寝かせていた娘が目を覚ました。
顔色は良くないが、少し落ち着いたのかゆっくりと体を起こし周りを興味深そうに眺めた。
「気分はどうだ?」
「え、ええ。大丈夫」
そう言う彼女に、瑠璃丸は畳んで置いておいた着物を無造作に差し出した。
「・・・着物を」
「え?」
「これに着替えたら、その濡れた着物を干せるのだが。あまり冷えては体によくない・・・男物で申し訳ないのだが」
呆然とする娘に着物を押し付けるように渡すと、瑠璃丸は立ち上がって外へ出た。
しばらくして娘が呼ぶ声に戻ると、着替えた娘は自分の着物を干し、髪を手ぬぐいで隠している所だった。
「ありがとうございます。そこに干しても良かったかしら?」
「・・・ああ。あの・・・」
「はい?」
「この辺はふもとの村人も足を踏み入れぬ。近づいたら教える。だから、その・・・」
瑠璃丸はしばし口ごもっていたが、やがて意を決して彼女を見つめた。少し頬が赤くなっている。
「それを隠さないでくれないか」
「それ・・・?髪?」
頷く瑠璃丸に彼女は微笑んだ。
「命の恩人のお願いでは、断れないわ」
さらりと手ぬぐいが解かれる。
薄暗い部屋に、金の光が舞った。
「気味が悪くないかしら?貴方は白い髪と碧の目なのね。あやかしには見慣れた色なの?」
あやかしに追われて逃げるということは、彼女の目には人には見えぬものが見えているのだろうと想像はついていた。
「やはりな。あんたは・・・人であるのにあやかしを見る目を持っているのだな」
「・・・ええ。見えるだけだけれど。よく言われたわ。あやかしを祓ったり封じる力があればもっと稼げるのに、って」
彼女は苦笑する。あやかしとわかっていても態度の自然な彼女に瑠璃丸は少し興味が出てきた。
彼女の前に座ると、じっと見つめた。
「名は?」
「さくら」
「さくら?珍しい髪と目だが、異国から来たのではないのか?」
「母が異国の人なの。金の髪と青い瞳が珍しくて、見世物として旅回りをしてたのだけど、私をが五歳の時に病で死んでしまったわ。その母が好きだったのが桜。最初に覚えたこの国の言葉が桜だったんですって」
「そうか・・・」
「だから、私が生まれたときにさくらと名付けたのよ。この国の、一番美しい花の名だと言って」
そう言って、さくらは微笑んだ。綺麗なのにどこか寂しげな笑みだ、と瑠璃丸は思った。病の身であることが、儚さを感じさせるのだろうか。
「私も母のように旅回りをしていたのだけど、死病に冒されてしまって。もう先が長くないと思ったら無性にどこかへ行きたくなって・・・逃げてきたの」
さらりと言うが、見世物として連れられていたのなら、逃げるのは容易ではなかっただろう。だが、さくらはその一言で終わらせ、それ以上は語らなかった。
瑠璃丸も無理に聞きだすつもりはなかった。
もって数日。
その余命でどうしたいのか、その方が気になった。
「行くあては?」
問う瑠璃丸に、さくらは微笑んだまま黙って首を横に振った。
「ならば・・・ここにいればいい」
瑠璃丸は考える前にそう言っていた。
「え?」
「ここならば誰にも邪魔はされぬ。追っても来ぬだろうし、あやかしも近寄らせぬ。その・・・俺が嫌でなければ、だが・・・」
少しうつむき気味に言って、瑠璃丸は彼女の表情をうかがった。上目遣いの何かをねだる子供のようなその表情に、さくらの笑みが少し明るいものになる。
「甘えても・・・いいかしら?」
「あ・・・ああ」
瑠璃丸は嬉しげに頷いた。
「俺は瑠璃丸。犬神だ。不便があったらなんでも言ってくれ」
「ええ」
こうして、彼女は瑠璃丸の元に留まることとなった。
【弐へ】
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【壱へ】
さくらの病は、もう先はないほどに進んでいた。
瑠璃丸には病の種類などわからなかったが、あやかしであるが故か、それが彼女の体を蝕んでおり、もう命数が尽きかけているのは痛いほどわかった。
熱が下がらない彼女のために雪を溶かして冷たい水を作り、手ぬぐいを冷やしては額に置く。
口当たりのよいものをつくり、食べさせてやる。
少し落ち着いている日には、互いの話をした。
さくらが来てから雪に降り込められる日が数日続いていたが、少しも退屈だと感じなかった。
「じゃあ、瑠璃丸は人に育てられたのね?」
「ああ。師匠は娘を持つ浪人者だった。母親はおらず、娘が幼い時は俺も世話を手伝った」
「わかるわ。瑠璃丸は世話が上手だもの。私もすっかり甘えてしまっているわね。でも、料理は苦手?」
瑠璃丸が作るものはあまり種類が多くない。たいてい米や食べられる野草を一緒に煮込んだものと、芋などを焼いただけである。みかねたさくらが少しだけ味付けに口を出すとあまりにも味が良くなったので、その違いに瑠璃丸は驚いて妖術でも使ったのかと聞いたほどだった。
それを思い出してけらけらと笑うさくらに、瑠璃丸の頬が赤くなる。
「からかうな。これでも五十年は生きている」
むっとする瑠璃丸に、さくらはまた笑う。
瑠璃丸は、その笑顔を少し目を細めて眩しそうに眺めた。
痩せて顔色が良くなくても、もう消え入りそうな命でも、さくらは微笑んでいた。そして、笑っているさくらは、金の髪、蒼い瞳が輝いて、綺麗だった。目が離せないほどに。
「さくらはよく笑うな」
瑠璃丸がそう言うと、さくらは頷いた。
「だって、本当に楽しいもの。・・・私ね、貴方にとても感謝してる」
「あやかしと一緒にいるのにか?」
「そうよ。貴方のおかげで、私は、多分今一番生きているんだわ」
「生きている?」
「ええ。一番好きなように生きている。それにね、私、貴方があやかしでよかったと思っているの。きっと貴方には病はうつらない。だから誰かのそばで死にたいなんて甘えたことを言える。一人で死ぬのは、本当は少し怖かったから」
うつむくさくらの手に、雫がぽたりと落ちた。瑠璃丸の鼻に、涙の匂いが届く。
怖くないわけがないのだ、と瑠璃丸は胸を突かれた。自分の迂闊さを呪い、隠していた涙を目の当たりにして胸が痛くなるのを感じる。
手を伸ばそうとして引っ込め、ぐっと拳を握りこむ。
長い生を持ち、人ですらない自分にその資格はないと思ったのだ。
だが。
「本当は死にたくない。捕らわれたままで、荷車の中から切り取られた景色だけしか見たことがなくて、それが私の普通だったけれど、逃げて初めて広い世界を見たらもっと見たくなったの。まだ、何も知らないことを知ってしまったの・・・」
さくらの声が震えていた。
ずっとそうして生きていたのだろう。声を押し殺して泣くのをこらえようとしている痩せた肩を、瑠璃丸は我慢できずに抱き寄せた。
さくらの顔を自分の肩に押し付け、赤子をあやすように背中をぽんぽんと叩く。
そばにいるのに一人にしておくことはできなかった。
「泣いていい。今は泣く自由がある」
瑠璃丸が優しく言うと、さくらは瑠璃丸にしがみつき、やっと声を上げて泣いた。
その涙をすべて受け止めたいと瑠璃丸は思った。
だからずっと彼女を抱きしめ、あとは何も言わず、思うまま泣かせた。
泣いて、泣いて、やがて静かにしゃくりをあげるだけになったさくらの金色の髪を撫でながら、瑠璃丸はぽつりと言った。
「桜を見に行こう」
「桜を?瑠璃丸と?」
「ああ。どこへでも俺が連れて行く。一緒に見に行こう。桜の花びらが降り注いでこの髪を彩ったら、きっと綺麗だ」
「そうかしら。でも、そうね。貴方の白い髪にも桜の薄紅が似合いそうだわ」
うっとりとさくらは言って、やっと瑠璃丸の肩から顔を上げた。
二人だけの秘密を持った子供のように、目を見合わせてかすかに笑う。
そしてどちらともなく小指を差し出し、小声で指切りをした。
「約束・・・そういえば、私、約束なんてするの初めてだわ。うれしいものね」
「そうか」
「ええ。不思議ね。もう死ぬかもしれないと思ったとき、どうしても外を見たくなったの。それは、貴方に会うためだったのかもしれない・・・」
「さくら」
「ねえ、瑠璃丸。貴方、どうして私を連れてきたの?」
「それは・・・」
「それは?」
聞き返すさくらに、瑠璃丸はがばりとさくらをからだから引き剥がし、顔を真っ赤にして背を向けた。
「・・・寝ろ」
「ケチ」
ふわりと瑠璃丸の背に桜が頬を寄せた。
先ほどまでの子供が支えを求めるようなしがみつき方とは違う、ふわりと柔らかい感触に固まる瑠璃丸の耳に、桜の声が聞こえる。
「最期に・・・貴方と出会えてよかった」
「さくら?」
「ねえ、瑠璃丸。お願いがあるの」
「なんだ?」
「外が、見たいわ。お願い。外へ連れて行って」
「しかし、外は雪が」
「わかるでしょう?お願い」
そう言う桜の指が、するりと背を滑って落ちた。
振り返った瑠璃丸の目に、後ろに倒れていくさくらの姿が飛び込んできた。
「さくら!」
体を支えると、青い瞳がまっすぐに瑠璃丸を見つめていた。
狭い部屋で死ぬのは嫌。
そう言われた気がして、瑠璃丸はうなずいた。
せめてもと綿入れを着せたさくらを横抱きに抱き上げ、外へ連れ出す。
雪はちらちらと舞う程度だった。
少し歩いて崖の上に来ると、麓が見渡せた。
もう雪は少なくなり、緑が見え始めているのがわかる。それを風に舞い踊る髪を押さえて、さくらはまぶしそうに見ていた。
「もう春なのね。・・・いつかあの向こうまで、貴方と旅してみたいわ。桜も、蛍も、海も、紅葉も。言葉でしか知らないようなものを全部見てみたい」
「どこへでも連れて行ってやる。そう約束した」
「そうね」
うれしげに彼方を見つめるさくらを降ろすと、瑠璃丸は犬神の姿に戻った。白い毛に覆われた体と尻尾で彼女を包み込む。
「これが貴方の本当の姿なのね」
「怖くはないか?」
「いいえ、とても綺麗。それにあたたかいわ」
大きな体に身を預けて、さくらは微笑んだ。
「ねえ、瑠璃丸。約束をありがとう。優しさをありがとう。貴方はきっと悲しんでくれる。でも、それすらも私にはうれしいの。もう一人じゃないって思えるから」
「さくら・・・」
「貴方はきっとずっと長く生きるわね。時々は・・・私を思い出してね」
「忘れない。人は生まれ変わるのだろう?いつかもう一度生まれてきたら、きっと見つけてやる。そして約束を果たすんだ。だからさくらも忘れずにもう一度生まれて来い」
「・・・ええ・・・約束よ・・・」
さくらは手をそっとはらはらと降ってくる雪に差し伸べた。
「桜みたい。これも、綺麗・・・ね・・・」
そして、その手がぱたりと落ちた。
「・・・さくら?」
瑠璃丸は人の姿に戻って、その体を抱きしめた。
「さくら・・・」
瑠璃丸は呟いた。
金の髪を、白い頬を、そっと撫でる。
あんな他愛ない、果たせもしない約束ひとつで喜ぶのなら、この気持ちを素直に言えばよかったと思った。
魅入られたのは、金の髪ではない。
青い瞳ではない。
彼女だからだったのだと。
その必死に生きる姿や、死を前にしても笑える強さや優しさが彼女を特別に見せていたのだ。
彼女が彼女だから、魅入られたのだ。
最初の、その瞬間から、好きだったのだ。自分は。
じわじわと後悔が身を苛む。
人の死は、いつも悲しみと共に後悔を連れてくる。
惜しんだ言葉を、できなかった行為を、あとからあとから思い出す。
「・・・いつか・・・」
雪の欠片が桜の花吹雪のように舞い踊り、さくらの髪を彩る。
体温の薄れていく頬に落ちては溶けていく儚さが、消えていく彼女の命そのもののようで、瑠璃丸の目に涙が溢れた。
「・・・いつか一緒に桜を見よう。待っているから・・・必ず」
その冬最後の雪が、二人を覆い隠すように強さを増していった。
「何ぼーっとしてんだ?翡翠と凛音は先に屋台に行っちまったぞ」
声をかけられて我に返ると、琥珀が少し心配そうに顔を覗き込んでいた。
消えていた音が一気に戻ってきて、瑠璃丸は目を瞬いた。
「ああ・・・いや・・・」
そういえば花見に来たのだった、と今更ながらに思い出す。
猫又の翡翠と妖狐の琥珀、そして半龍の凛音とともに花見に来たのだ。
江戸の時代は遠くなり、色々な時代が目の前を過ぎ去っても、桜を愛でる習慣は変わらない。人々は春になると引き寄せられるように桜を見に集まり、浮かれ騒ぐ。
「・・・なんでもない」
余り大きくない声で返事をして、瑠璃丸は桜並木の下を歩き出した。
桜を見るのは胸が痛む。だが、同時にその時だけは彼女がそばにいるような気がして、毎年見ずにはいられないのだ。
「・・・今年も綺麗に咲いたな」
そう呟いた時だった。
ざあっと急に強い風が吹きぬけた。誰もが思わず目を閉じ顔をかばった中で、瑠璃丸は目を大きく見開いていた。
桜吹雪の舞い散るその向こうに、金色の髪の女性が立っていた。
どくりと瑠璃丸の心臓が高鳴った。
思わず歩み寄る。
そしてその青い瞳が自分に微笑みかけるのを見て、泣き出すのをこらえるように奥歯をかみ締めた。
「白い髪、碧の瞳・・・ずっと貴方を夢に見ていたわ」
彼女はそう言うと、そっと手を伸ばして瑠璃丸の束ねた髪に触れる。まるで、本物であることを確かめるように。
「記憶もないのに、桜の中で貴方と笑いあう夢を何度も、何度も。だから、日本に来なきゃって・・・桜を見に来なきゃって・・・ずっと、そう思って・・・」
今の彼女にきっとあの時の記憶はないだろう。それでも魂に刻まれた約束が、彼女をここまで連れてきたのだ。それだけ、彼女はあの約束を大事に大事に胸にしまって、もう一度生まれて来てくれたのだ。
こらえきれずに手を伸ばし、抱き寄せる。
彼女は驚いたのか息を飲んだが、抵抗はしなかった。
「会いたかった」
万感の思いを込めて、囁く。
「私もよ」
そっと彼女の手が自分の背に回るのを感じ、瑠璃丸は目を閉じた。
その頬を、涙が一粒伝った。
一緒にいろんなものを見よう。
どこまでも一緒に行こう。
共に。
-終-
桜の話と言いつつ、ほとんどが冬、しかもほんの数日の話で申し訳ありませんでした。
たったこれだけの話ですが、実は去年のクリスマス頃からずっと悩んで書いていたのでした。
遅筆過ぎる・・・。
書いているときに頭の中を流れている歌は先のない感じだったのですが、どうしても悲恋で終わるのは嫌だったので、こういうラストになりました。
ご都合主義じゃん、と思う方もいるかもしれませんが、こういうものしか書けないと思ってやってくださいませ。
現代のさくらはあの夢以外に昔の記憶を持っていません。
いろいろ悩むところもあるでしょうが、それも生きているから。
頑張れ(作者、丸投げ)。
実際にはたぶん、さくらは朗らかで行動力があると思うので、大丈夫です。きっとうまくやっていけます。
ここまでお付き合いありがとうございました。
2012年3月17日 久遠・拝
【壱へ】
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さくらの病は、もう先はないほどに進んでいた。
瑠璃丸には病の種類などわからなかったが、あやかしであるが故か、それが彼女の体を蝕んでおり、もう命数が尽きかけているのは痛いほどわかった。
熱が下がらない彼女のために雪を溶かして冷たい水を作り、手ぬぐいを冷やしては額に置く。
口当たりのよいものをつくり、食べさせてやる。
少し落ち着いている日には、互いの話をした。
さくらが来てから雪に降り込められる日が数日続いていたが、少しも退屈だと感じなかった。
「じゃあ、瑠璃丸は人に育てられたのね?」
「ああ。師匠は娘を持つ浪人者だった。母親はおらず、娘が幼い時は俺も世話を手伝った」
「わかるわ。瑠璃丸は世話が上手だもの。私もすっかり甘えてしまっているわね。でも、料理は苦手?」
瑠璃丸が作るものはあまり種類が多くない。たいてい米や食べられる野草を一緒に煮込んだものと、芋などを焼いただけである。みかねたさくらが少しだけ味付けに口を出すとあまりにも味が良くなったので、その違いに瑠璃丸は驚いて妖術でも使ったのかと聞いたほどだった。
それを思い出してけらけらと笑うさくらに、瑠璃丸の頬が赤くなる。
「からかうな。これでも五十年は生きている」
むっとする瑠璃丸に、さくらはまた笑う。
瑠璃丸は、その笑顔を少し目を細めて眩しそうに眺めた。
痩せて顔色が良くなくても、もう消え入りそうな命でも、さくらは微笑んでいた。そして、笑っているさくらは、金の髪、蒼い瞳が輝いて、綺麗だった。目が離せないほどに。
「さくらはよく笑うな」
瑠璃丸がそう言うと、さくらは頷いた。
「だって、本当に楽しいもの。・・・私ね、貴方にとても感謝してる」
「あやかしと一緒にいるのにか?」
「そうよ。貴方のおかげで、私は、多分今一番生きているんだわ」
「生きている?」
「ええ。一番好きなように生きている。それにね、私、貴方があやかしでよかったと思っているの。きっと貴方には病はうつらない。だから誰かのそばで死にたいなんて甘えたことを言える。一人で死ぬのは、本当は少し怖かったから」
うつむくさくらの手に、雫がぽたりと落ちた。瑠璃丸の鼻に、涙の匂いが届く。
怖くないわけがないのだ、と瑠璃丸は胸を突かれた。自分の迂闊さを呪い、隠していた涙を目の当たりにして胸が痛くなるのを感じる。
手を伸ばそうとして引っ込め、ぐっと拳を握りこむ。
長い生を持ち、人ですらない自分にその資格はないと思ったのだ。
だが。
「本当は死にたくない。捕らわれたままで、荷車の中から切り取られた景色だけしか見たことがなくて、それが私の普通だったけれど、逃げて初めて広い世界を見たらもっと見たくなったの。まだ、何も知らないことを知ってしまったの・・・」
さくらの声が震えていた。
ずっとそうして生きていたのだろう。声を押し殺して泣くのをこらえようとしている痩せた肩を、瑠璃丸は我慢できずに抱き寄せた。
さくらの顔を自分の肩に押し付け、赤子をあやすように背中をぽんぽんと叩く。
そばにいるのに一人にしておくことはできなかった。
「泣いていい。今は泣く自由がある」
瑠璃丸が優しく言うと、さくらは瑠璃丸にしがみつき、やっと声を上げて泣いた。
その涙をすべて受け止めたいと瑠璃丸は思った。
だからずっと彼女を抱きしめ、あとは何も言わず、思うまま泣かせた。
泣いて、泣いて、やがて静かにしゃくりをあげるだけになったさくらの金色の髪を撫でながら、瑠璃丸はぽつりと言った。
「桜を見に行こう」
「桜を?瑠璃丸と?」
「ああ。どこへでも俺が連れて行く。一緒に見に行こう。桜の花びらが降り注いでこの髪を彩ったら、きっと綺麗だ」
「そうかしら。でも、そうね。貴方の白い髪にも桜の薄紅が似合いそうだわ」
うっとりとさくらは言って、やっと瑠璃丸の肩から顔を上げた。
二人だけの秘密を持った子供のように、目を見合わせてかすかに笑う。
そしてどちらともなく小指を差し出し、小声で指切りをした。
「約束・・・そういえば、私、約束なんてするの初めてだわ。うれしいものね」
「そうか」
「ええ。不思議ね。もう死ぬかもしれないと思ったとき、どうしても外を見たくなったの。それは、貴方に会うためだったのかもしれない・・・」
「さくら」
「ねえ、瑠璃丸。貴方、どうして私を連れてきたの?」
「それは・・・」
「それは?」
聞き返すさくらに、瑠璃丸はがばりとさくらをからだから引き剥がし、顔を真っ赤にして背を向けた。
「・・・寝ろ」
「ケチ」
ふわりと瑠璃丸の背に桜が頬を寄せた。
先ほどまでの子供が支えを求めるようなしがみつき方とは違う、ふわりと柔らかい感触に固まる瑠璃丸の耳に、桜の声が聞こえる。
「最期に・・・貴方と出会えてよかった」
「さくら?」
「ねえ、瑠璃丸。お願いがあるの」
「なんだ?」
「外が、見たいわ。お願い。外へ連れて行って」
「しかし、外は雪が」
「わかるでしょう?お願い」
そう言う桜の指が、するりと背を滑って落ちた。
振り返った瑠璃丸の目に、後ろに倒れていくさくらの姿が飛び込んできた。
「さくら!」
体を支えると、青い瞳がまっすぐに瑠璃丸を見つめていた。
狭い部屋で死ぬのは嫌。
そう言われた気がして、瑠璃丸はうなずいた。
せめてもと綿入れを着せたさくらを横抱きに抱き上げ、外へ連れ出す。
雪はちらちらと舞う程度だった。
少し歩いて崖の上に来ると、麓が見渡せた。
もう雪は少なくなり、緑が見え始めているのがわかる。それを風に舞い踊る髪を押さえて、さくらはまぶしそうに見ていた。
「もう春なのね。・・・いつかあの向こうまで、貴方と旅してみたいわ。桜も、蛍も、海も、紅葉も。言葉でしか知らないようなものを全部見てみたい」
「どこへでも連れて行ってやる。そう約束した」
「そうね」
うれしげに彼方を見つめるさくらを降ろすと、瑠璃丸は犬神の姿に戻った。白い毛に覆われた体と尻尾で彼女を包み込む。
「これが貴方の本当の姿なのね」
「怖くはないか?」
「いいえ、とても綺麗。それにあたたかいわ」
大きな体に身を預けて、さくらは微笑んだ。
「ねえ、瑠璃丸。約束をありがとう。優しさをありがとう。貴方はきっと悲しんでくれる。でも、それすらも私にはうれしいの。もう一人じゃないって思えるから」
「さくら・・・」
「貴方はきっとずっと長く生きるわね。時々は・・・私を思い出してね」
「忘れない。人は生まれ変わるのだろう?いつかもう一度生まれてきたら、きっと見つけてやる。そして約束を果たすんだ。だからさくらも忘れずにもう一度生まれて来い」
「・・・ええ・・・約束よ・・・」
さくらは手をそっとはらはらと降ってくる雪に差し伸べた。
「桜みたい。これも、綺麗・・・ね・・・」
そして、その手がぱたりと落ちた。
「・・・さくら?」
瑠璃丸は人の姿に戻って、その体を抱きしめた。
「さくら・・・」
瑠璃丸は呟いた。
金の髪を、白い頬を、そっと撫でる。
あんな他愛ない、果たせもしない約束ひとつで喜ぶのなら、この気持ちを素直に言えばよかったと思った。
魅入られたのは、金の髪ではない。
青い瞳ではない。
彼女だからだったのだと。
その必死に生きる姿や、死を前にしても笑える強さや優しさが彼女を特別に見せていたのだ。
彼女が彼女だから、魅入られたのだ。
最初の、その瞬間から、好きだったのだ。自分は。
じわじわと後悔が身を苛む。
人の死は、いつも悲しみと共に後悔を連れてくる。
惜しんだ言葉を、できなかった行為を、あとからあとから思い出す。
「・・・いつか・・・」
雪の欠片が桜の花吹雪のように舞い踊り、さくらの髪を彩る。
体温の薄れていく頬に落ちては溶けていく儚さが、消えていく彼女の命そのもののようで、瑠璃丸の目に涙が溢れた。
「・・・いつか一緒に桜を見よう。待っているから・・・必ず」
その冬最後の雪が、二人を覆い隠すように強さを増していった。
「何ぼーっとしてんだ?翡翠と凛音は先に屋台に行っちまったぞ」
声をかけられて我に返ると、琥珀が少し心配そうに顔を覗き込んでいた。
消えていた音が一気に戻ってきて、瑠璃丸は目を瞬いた。
「ああ・・・いや・・・」
そういえば花見に来たのだった、と今更ながらに思い出す。
猫又の翡翠と妖狐の琥珀、そして半龍の凛音とともに花見に来たのだ。
江戸の時代は遠くなり、色々な時代が目の前を過ぎ去っても、桜を愛でる習慣は変わらない。人々は春になると引き寄せられるように桜を見に集まり、浮かれ騒ぐ。
「・・・なんでもない」
余り大きくない声で返事をして、瑠璃丸は桜並木の下を歩き出した。
桜を見るのは胸が痛む。だが、同時にその時だけは彼女がそばにいるような気がして、毎年見ずにはいられないのだ。
「・・・今年も綺麗に咲いたな」
そう呟いた時だった。
ざあっと急に強い風が吹きぬけた。誰もが思わず目を閉じ顔をかばった中で、瑠璃丸は目を大きく見開いていた。
桜吹雪の舞い散るその向こうに、金色の髪の女性が立っていた。
どくりと瑠璃丸の心臓が高鳴った。
思わず歩み寄る。
そしてその青い瞳が自分に微笑みかけるのを見て、泣き出すのをこらえるように奥歯をかみ締めた。
「白い髪、碧の瞳・・・ずっと貴方を夢に見ていたわ」
彼女はそう言うと、そっと手を伸ばして瑠璃丸の束ねた髪に触れる。まるで、本物であることを確かめるように。
「記憶もないのに、桜の中で貴方と笑いあう夢を何度も、何度も。だから、日本に来なきゃって・・・桜を見に来なきゃって・・・ずっと、そう思って・・・」
今の彼女にきっとあの時の記憶はないだろう。それでも魂に刻まれた約束が、彼女をここまで連れてきたのだ。それだけ、彼女はあの約束を大事に大事に胸にしまって、もう一度生まれて来てくれたのだ。
こらえきれずに手を伸ばし、抱き寄せる。
彼女は驚いたのか息を飲んだが、抵抗はしなかった。
「会いたかった」
万感の思いを込めて、囁く。
「私もよ」
そっと彼女の手が自分の背に回るのを感じ、瑠璃丸は目を閉じた。
その頬を、涙が一粒伝った。
一緒にいろんなものを見よう。
どこまでも一緒に行こう。
共に。
-終-
桜の話と言いつつ、ほとんどが冬、しかもほんの数日の話で申し訳ありませんでした。
たったこれだけの話ですが、実は去年のクリスマス頃からずっと悩んで書いていたのでした。
遅筆過ぎる・・・。
書いているときに頭の中を流れている歌は先のない感じだったのですが、どうしても悲恋で終わるのは嫌だったので、こういうラストになりました。
ご都合主義じゃん、と思う方もいるかもしれませんが、こういうものしか書けないと思ってやってくださいませ。
現代のさくらはあの夢以外に昔の記憶を持っていません。
いろいろ悩むところもあるでしょうが、それも生きているから。
頑張れ(作者、丸投げ)。
実際にはたぶん、さくらは朗らかで行動力があると思うので、大丈夫です。きっとうまくやっていけます。
ここまでお付き合いありがとうございました。
2012年3月17日 久遠・拝
【壱へ】
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【736】 終わり
「逃げて、逃げて、逃げて!」俺が机に拳を打ちつけても、お前は表情ひとつ変えはしない。虚ろな目がぼんやりと俺を見つめるばかりだ。「お前は結局、何も得られずに嘆くんだろ?逃げた先に何がある?」「じゃあ終わらせて。全部」光るナイフが差し出された。お前は微笑んでいた。
【737】 始まり
凍りついた時間の中で、まとまらない意識を手を伸ばして必死につかんで、ここから抜け出そうともがいて、あがいて、気がつけば手には白銀の刃。耳元でなにかが清らかな声で僕のするべきことに祝福を歌う。僕は微笑って鮮やかな紅に身を染め、そして世界は緩やかに廻り始める。
お題:『逃げて、逃げて、逃げて。何も得られずに、嘆くんだろ?』or『世界は緩やかに廻る 』【狂気】 #kuroyagi http://t.co/aZ8NJ49D
【738】 君の嗜好
窓の外は雪景色なのに君はハイビスカス柄のカーテンをかけて「きれいでしょ」なんて言ってる。変な音がするから手元を覗きこんだら、ナメコが「んふんふ」っていいながらスマホの中を飛んでる。そんな君に「だいすき」って言われる僕は喜んでいいのかなって時々疑問に思うよ。
お題:お題は『「ハイビスカスと雪景色」と「だいすき」と「ナメコ」』だ。書けるもんなら書いてみやがれ。 http://t.co/bWtwAR0b
どーだ!書いてみたぞ!www
【739】 名残り雪
名残の雪が降っている。僕はそれを見上げて、涙より冷たいこの粒がどこかにいる君をどうか濡らしませんように、と祈る。そばにいない僕は傘をさしてあげられないから。君を暖かく包み込んであげられないから。だから君のところにこの雪が降りませんようにとただひたすらに祈る。
お題:名残り雪
弥生三月に降る雪によせて。
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「逃げて、逃げて、逃げて!」俺が机に拳を打ちつけても、お前は表情ひとつ変えはしない。虚ろな目がぼんやりと俺を見つめるばかりだ。「お前は結局、何も得られずに嘆くんだろ?逃げた先に何がある?」「じゃあ終わらせて。全部」光るナイフが差し出された。お前は微笑んでいた。
【737】 始まり
凍りついた時間の中で、まとまらない意識を手を伸ばして必死につかんで、ここから抜け出そうともがいて、あがいて、気がつけば手には白銀の刃。耳元でなにかが清らかな声で僕のするべきことに祝福を歌う。僕は微笑って鮮やかな紅に身を染め、そして世界は緩やかに廻り始める。
お題:『逃げて、逃げて、逃げて。何も得られずに、嘆くんだろ?』or『世界は緩やかに廻る 』【狂気】 #kuroyagi http://t.co/aZ8NJ49D
【738】 君の嗜好
窓の外は雪景色なのに君はハイビスカス柄のカーテンをかけて「きれいでしょ」なんて言ってる。変な音がするから手元を覗きこんだら、ナメコが「んふんふ」っていいながらスマホの中を飛んでる。そんな君に「だいすき」って言われる僕は喜んでいいのかなって時々疑問に思うよ。
お題:お題は『「ハイビスカスと雪景色」と「だいすき」と「ナメコ」』だ。書けるもんなら書いてみやがれ。 http://t.co/bWtwAR0b
どーだ!書いてみたぞ!www
【739】 名残り雪
名残の雪が降っている。僕はそれを見上げて、涙より冷たいこの粒がどこかにいる君をどうか濡らしませんように、と祈る。そばにいない僕は傘をさしてあげられないから。君を暖かく包み込んであげられないから。だから君のところにこの雪が降りませんようにとただひたすらに祈る。
お題:名残り雪
弥生三月に降る雪によせて。
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【732】 桃の花
「梅姉さんはいい香りがするの。妹の桜は綺麗で皆があの子を見たがるわ。それに比べて私はちっとも目立たない」寂しげに呟く桃の花。そんな彼女にメジロはそっと嘴を寄せる。「君は十分可愛いよ。僕は君が好きだよ」桃の花は恥ずかしそうに微笑んで花弁を染めた。
【733】 桜鬼
桜鬼は舞いを舞う。山々に桜の花を呼ぶために、まだ寒い荒れ野で一人舞いを舞う。やがて、謡を聞きつけて獣や鳥が集いだし笛や太鼓を奏でると、山は目覚めて緑が芽吹く。桜の花が咲き乱れたら、春の宴をしようじゃないか。
【734】 枯れない花=枯れない気持ち
だいすきだよ。だけど恥ずかしくてとてもそんなこと言えないから、ホワイトデーは枯れない花を君に。それもなんだかきざったらしいと思ったのは渡してからで、でも君が花が咲くような笑みを見せてくれたから、まあいいか、って僕も笑った。
【735】 桜の如く
「桜の如くに潔く散るが武士の生き様だと?ふざけるな!腹の切り方なんぞ知らぬわ!」追い詰められた城の奥で、主は叫んだ。介錯を仰せつかった俺の刀を奪い取り、にやりと笑う。「皆には逃げよと伝えたな?」「はっ」「ならば死ぬ前に一泡吹かせてやろうぞ」
燃え盛る火の粉は桜の花吹雪にも似て、その中で刃を振るう主のその白刃の美しき軌跡に、我はただ、共にいられることを神に感謝した。
昨日はついのべデーでしたね。
お題が【花】ということで、大きかったのでいろいろな角度から遊んでみました。
楽しいですねw
昨日のついのべでは、「手」にぞーっとしていただけたようでw
そのひとつひとつが飲み込まれた人間だと思うと、自分でも気持ち悪ーって思います(^^;;;)。
ホラー系はさじ加減が難しいですね。
参加しています。もしよろしければクリックお願いします。
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「梅姉さんはいい香りがするの。妹の桜は綺麗で皆があの子を見たがるわ。それに比べて私はちっとも目立たない」寂しげに呟く桃の花。そんな彼女にメジロはそっと嘴を寄せる。「君は十分可愛いよ。僕は君が好きだよ」桃の花は恥ずかしそうに微笑んで花弁を染めた。
【733】 桜鬼
桜鬼は舞いを舞う。山々に桜の花を呼ぶために、まだ寒い荒れ野で一人舞いを舞う。やがて、謡を聞きつけて獣や鳥が集いだし笛や太鼓を奏でると、山は目覚めて緑が芽吹く。桜の花が咲き乱れたら、春の宴をしようじゃないか。
【734】 枯れない花=枯れない気持ち
だいすきだよ。だけど恥ずかしくてとてもそんなこと言えないから、ホワイトデーは枯れない花を君に。それもなんだかきざったらしいと思ったのは渡してからで、でも君が花が咲くような笑みを見せてくれたから、まあいいか、って僕も笑った。
【735】 桜の如く
「桜の如くに潔く散るが武士の生き様だと?ふざけるな!腹の切り方なんぞ知らぬわ!」追い詰められた城の奥で、主は叫んだ。介錯を仰せつかった俺の刀を奪い取り、にやりと笑う。「皆には逃げよと伝えたな?」「はっ」「ならば死ぬ前に一泡吹かせてやろうぞ」
燃え盛る火の粉は桜の花吹雪にも似て、その中で刃を振るう主のその白刃の美しき軌跡に、我はただ、共にいられることを神に感謝した。
昨日はついのべデーでしたね。
お題が【花】ということで、大きかったのでいろいろな角度から遊んでみました。
楽しいですねw
昨日のついのべでは、「手」にぞーっとしていただけたようでw
そのひとつひとつが飲み込まれた人間だと思うと、自分でも気持ち悪ーって思います(^^;;;)。
ホラー系はさじ加減が難しいですね。
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HN:
宵月楼 店主
性別:
非公開
自己紹介:
オリジナルの短い文章を書いています。アニメ、ゲーム、小説、マンガ、音楽、手作り、すべてそれなりに広く浅く趣味の範囲で。
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