宵月楼-しょうげつろう-
あやかし風味。ミステリー皆無。恋愛要素多少混入。
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【702】
「瓦版屋!」
呼ばれて振り向くと、そこにずいぶんべっぴんの娘が立っていた。
だが、酔狂なことに娘は若い武者の格好をして、腰に刀まで差している。町娘ならこんな格好はしない。武家の、しかもある程度裕福で、嫁にいくことを急かされていない娘だろうと俺はあたりをつける。
商売がら、なんにでもついそうやって探る癖がついている。
「何かご用で?」
娘は先程まで俺が配っていた瓦版を、問うた俺の目の前につきだした。
ある長屋で起きた神隠しのねただ。いなくなったのは、半年前に越してきた浪人。残されていたのは紅葉の彫り込まれた小柄(こづか)とそれに縫いとめられた一枚のお札。血の跡もなく、多少部屋は荒れていたものの物盗りでもないらしいということで、神隠しではないかと俺が書いたものだ。
「ここに書かれていることは真実か?」
「瓦版屋を捕まえて真実かと問いますかえ?」
多少の誇張はあるにせよ、基本は真実だ。ましてや俺は同心の旦那と顔馴染みだ。情報源はお墨付きだぜ。
「仮名草紙を売ってるつもりはありませんぜ?事実しか書いちゃいませんや」
「では、この紅葉の小柄のことも」
「疑うなら、八丁堀の同心の旦那にお聞きなせえよ」
うんざりと返事をしたときだった。
娘は急に俺に駆け寄ると、両の二の腕をがしりとつかんだ。
剣術をやっているからか、力はひどく強い。
「あいててて!」
思わず声をあげた俺に驚いて娘は手を離すと、自らを落ち着かせようとしたのか、深呼吸をした。
そしてもう一度俺に向き合うと、今度はしっかりと目を見た。
「私をその長屋に連れていってはもらえぬだろうか」
「へ?浪人さんの縁者でいらっしゃるんで?」
俺の言葉には答えず、娘は深く頭を下げた。
「頼む!」
「・・・まあ、それぐらいならさしてもらいますがね」
娘の顔が明るくなった。笑うと結構可愛らしいねえ。
「ありがとう!恩に着る!」
「へえ、まあ、使い賃は、いろいろ話していただくってことで」
「何?」
俺の言葉に目を見開いた娘に、俺はにやりと笑って見せた。
瓦版屋をなめちゃいけねえやな。
件の長屋に向かう道すがら、娘は嫌々だろうが少しだけ話をした。
浪人は家を出た兄ではないかと思っているのだという。
「兄は紅葉の小柄を持っていた」
「はあ、小柄は奉行所ですぜ?」
「いや、兄がいた場所を見たいのだ」
「左様で。ああ、こちらですよ」
それはありふれた長屋だ。井戸の所には神隠しを調べるうちに仲良くなった女衆が今日も喋っている。
「あれ、瓦版屋さんじゃないの」
「久しぶり」
これでも受けはいい方だ。愛想よく挨拶して、俺は浪人がすんでいた部屋の戸を開けた。
まだ道具が残っている。一振りだけだが刀すら。
前に人のいい大家が半年くらいは待ってみると言っていたのを思い出す。畳には小柄の刺さっていた跡が残っている。
「道具はそのままだそうですぜ?どうです?お兄さんですかえ?」
同心の旦那は身元がわからないと言っていたし、これでわかれば旦那に恩が売れるよな、と思っていた俺は、次の瞬間、驚いて息を止めた。
娘の姿が陽炎のように揺らいでいる。
髪がうねり、瞳は紅く輝いている。
「兄上!お迎えに上がりました!札を避けられたなら、まだここにおられるのでしょう?」
「・・・昼日中に呼びおって。もうここには居られぬではないか」
若い男の声がした。
刀がぼんやりと輝いたかと思うと、形を失い、人の形になった。
娘によく似た、若い男だ。
それを見る娘の瞳から涙がこぼれ落ちたのを見て、探していたのは彼なのだと理解する。
「祓い屋の目をくらますために深い眠りにつかれたのはわかっておりました。私が呼び覚まさねばならぬと思い、お探ししておりました」
そして俺の方を見て、娘は深々と礼をした。
「巻き込んですまない。許されよ」
声が終わらぬうちに、首の後ろに衝撃を感じる。すうっと意識が遠ざかる。気を失う寸前、娘が頭を下げたのが見えた気がした。
気がつくと、俺は番屋に寝かされていた。
「おう、起きたか。命があってよかったな」
旦那は笑って茶を入れてくれた。
聞けば、なかなか出てこないことを不審に思ったおかみさんたちが覗き込むと、俺だけが倒れていて一緒に来た女の姿はなかったのだという。
「刀がなくなっておってな。物盗りの女だったんだろう。口を封じられなくて運がよかったんだぜ」
「ご迷惑おかけしました」
「ああ、気にすんな。今日はさっさと寝ちまいな」
「そうさせてもらいやす」
茶を飲み干して俺は立ち上がった。
外に出ると、息が白くなる。
真相はわかった。だが、瓦版にゃ書けねえなあ、と俺はため息をついた。
あまりに荒唐無稽な事実は、作り物だと思われて今後の商売に支障をきたす。
「ははっ、結局丸損だな」
まあ、たまにはそんな体験も悪くねえさ。
べっぴんのあやかしは恩返しに来るだろうか?などとつらつら考えながら、俺は家路についた。
お題:「瓦版」、「小柄」、「武家」で創作しましょう。 #jidaiodai http://shindanmaker.com/138578
瓦版屋の長い一日(ほとんど気を失っていた時間w)
小柄は、手の中指の先から手首くらいの長さの小さな刃物です。時々時代劇でお侍が悪人に投げますね。
瓦版の内容の真偽については、想像です。
うちの瓦版屋がこんな風なだけかもしれません(^^;
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「瓦版屋!」
呼ばれて振り向くと、そこにずいぶんべっぴんの娘が立っていた。
だが、酔狂なことに娘は若い武者の格好をして、腰に刀まで差している。町娘ならこんな格好はしない。武家の、しかもある程度裕福で、嫁にいくことを急かされていない娘だろうと俺はあたりをつける。
商売がら、なんにでもついそうやって探る癖がついている。
「何かご用で?」
娘は先程まで俺が配っていた瓦版を、問うた俺の目の前につきだした。
ある長屋で起きた神隠しのねただ。いなくなったのは、半年前に越してきた浪人。残されていたのは紅葉の彫り込まれた小柄(こづか)とそれに縫いとめられた一枚のお札。血の跡もなく、多少部屋は荒れていたものの物盗りでもないらしいということで、神隠しではないかと俺が書いたものだ。
「ここに書かれていることは真実か?」
「瓦版屋を捕まえて真実かと問いますかえ?」
多少の誇張はあるにせよ、基本は真実だ。ましてや俺は同心の旦那と顔馴染みだ。情報源はお墨付きだぜ。
「仮名草紙を売ってるつもりはありませんぜ?事実しか書いちゃいませんや」
「では、この紅葉の小柄のことも」
「疑うなら、八丁堀の同心の旦那にお聞きなせえよ」
うんざりと返事をしたときだった。
娘は急に俺に駆け寄ると、両の二の腕をがしりとつかんだ。
剣術をやっているからか、力はひどく強い。
「あいててて!」
思わず声をあげた俺に驚いて娘は手を離すと、自らを落ち着かせようとしたのか、深呼吸をした。
そしてもう一度俺に向き合うと、今度はしっかりと目を見た。
「私をその長屋に連れていってはもらえぬだろうか」
「へ?浪人さんの縁者でいらっしゃるんで?」
俺の言葉には答えず、娘は深く頭を下げた。
「頼む!」
「・・・まあ、それぐらいならさしてもらいますがね」
娘の顔が明るくなった。笑うと結構可愛らしいねえ。
「ありがとう!恩に着る!」
「へえ、まあ、使い賃は、いろいろ話していただくってことで」
「何?」
俺の言葉に目を見開いた娘に、俺はにやりと笑って見せた。
瓦版屋をなめちゃいけねえやな。
件の長屋に向かう道すがら、娘は嫌々だろうが少しだけ話をした。
浪人は家を出た兄ではないかと思っているのだという。
「兄は紅葉の小柄を持っていた」
「はあ、小柄は奉行所ですぜ?」
「いや、兄がいた場所を見たいのだ」
「左様で。ああ、こちらですよ」
それはありふれた長屋だ。井戸の所には神隠しを調べるうちに仲良くなった女衆が今日も喋っている。
「あれ、瓦版屋さんじゃないの」
「久しぶり」
これでも受けはいい方だ。愛想よく挨拶して、俺は浪人がすんでいた部屋の戸を開けた。
まだ道具が残っている。一振りだけだが刀すら。
前に人のいい大家が半年くらいは待ってみると言っていたのを思い出す。畳には小柄の刺さっていた跡が残っている。
「道具はそのままだそうですぜ?どうです?お兄さんですかえ?」
同心の旦那は身元がわからないと言っていたし、これでわかれば旦那に恩が売れるよな、と思っていた俺は、次の瞬間、驚いて息を止めた。
娘の姿が陽炎のように揺らいでいる。
髪がうねり、瞳は紅く輝いている。
「兄上!お迎えに上がりました!札を避けられたなら、まだここにおられるのでしょう?」
「・・・昼日中に呼びおって。もうここには居られぬではないか」
若い男の声がした。
刀がぼんやりと輝いたかと思うと、形を失い、人の形になった。
娘によく似た、若い男だ。
それを見る娘の瞳から涙がこぼれ落ちたのを見て、探していたのは彼なのだと理解する。
「祓い屋の目をくらますために深い眠りにつかれたのはわかっておりました。私が呼び覚まさねばならぬと思い、お探ししておりました」
そして俺の方を見て、娘は深々と礼をした。
「巻き込んですまない。許されよ」
声が終わらぬうちに、首の後ろに衝撃を感じる。すうっと意識が遠ざかる。気を失う寸前、娘が頭を下げたのが見えた気がした。
気がつくと、俺は番屋に寝かされていた。
「おう、起きたか。命があってよかったな」
旦那は笑って茶を入れてくれた。
聞けば、なかなか出てこないことを不審に思ったおかみさんたちが覗き込むと、俺だけが倒れていて一緒に来た女の姿はなかったのだという。
「刀がなくなっておってな。物盗りの女だったんだろう。口を封じられなくて運がよかったんだぜ」
「ご迷惑おかけしました」
「ああ、気にすんな。今日はさっさと寝ちまいな」
「そうさせてもらいやす」
茶を飲み干して俺は立ち上がった。
外に出ると、息が白くなる。
真相はわかった。だが、瓦版にゃ書けねえなあ、と俺はため息をついた。
あまりに荒唐無稽な事実は、作り物だと思われて今後の商売に支障をきたす。
「ははっ、結局丸損だな」
まあ、たまにはそんな体験も悪くねえさ。
べっぴんのあやかしは恩返しに来るだろうか?などとつらつら考えながら、俺は家路についた。
お題:「瓦版」、「小柄」、「武家」で創作しましょう。 #jidaiodai http://shindanmaker.com/138578
瓦版屋の長い一日(ほとんど気を失っていた時間w)
小柄は、手の中指の先から手首くらいの長さの小さな刃物です。時々時代劇でお侍が悪人に投げますね。
瓦版の内容の真偽については、想像です。
うちの瓦版屋がこんな風なだけかもしれません(^^;
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宵月楼 店主
性別:
非公開
自己紹介:
オリジナルの短い文章を書いています。アニメ、ゲーム、小説、マンガ、音楽、手作り、すべてそれなりに広く浅く趣味の範囲で。
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