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宵月楼-しょうげつろう-

あやかし風味。ミステリー皆無。恋愛要素多少混入。

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七夕話。
ぎりぎり間に合いました!・・・すでに夕方ですが。
突貫で書いたので、いろいろお目こぼしくだされば幸いです(^^;;;)。

本文は【Open?】で開きます。

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笹の葉さらさら


 笹の葉が揺れる。
 さらさら、さらさらとかすかな音をたてて。
 金銀砂子の星たちの瞬きのように。
 小さな彼女のこぼした呟きのように。


「たなばたするの?」
 縁側に座って、足をぶらぶらさせていた凛音が、首をかしげて聞いた。
 年の頃は五歳くらい。
 艶やかな黒髪を肩のあたりで束ね、紅い蝶が散る着物を着て座っている姿は、まるで人形のように愛らしい。だが、裸足の足のそこここに擦り傷ができていて、案外お転婆だと知れる。
 大きな目を好奇心にキラキラと輝かせてにこにこと良く笑う少女の問いに、瑠璃丸は目をそらせたままうなずいて見せた。
 こちらは幼子を相手にするには愛想などなにもない青年であった。
 高く結わえた髪に着流し姿で、年若いが武家のような身のこなしである。鋭い眼光は幾度となく知らない人間を怯えさせ、また喧嘩を売っていると誤解させたもので、一緒に暮らしている猫又の翡翠には笑顔の練習をしろと言われる始末。
 それでも、凛音は怯えたようすもなく彼を真っ直ぐに見つめて笑いかける。
 その親愛に溢れた視線が、瑠璃丸には少しくすぐったい。
 そして、その慣れない感覚にますます無愛想に拍車がかかってしまうのだった。
 今も没頭していれば凛音の方を向かなくてすむと言わんばかりに、たくさんの葉が付いた笹を井戸のつるべの柱に縛り付けている。
「大きい笹だね」
 凛音は縁側からぽんと飛び降りると、裸足のまま駆け寄ろうとした。が、すかさず視線をそらしていた瑠璃丸が鋭い視線を送る。その視線に気づいて、凛音は慌ててそばに揃えてあった草履を履いた。
 今、彼女と暮らしているのは、猫又の翡翠と、妖狐の琥珀、そして犬神である瑠璃丸だが、男ばかりである。あやかしとして以前に、多少は女の子らしく躾ねばならないと瑠璃丸は生真面目に心に決めているのだ。
 なにしろ同居人があてにならない。
 翡翠は元より自分が自由だからか躾など考えもせずに、あわよくば一緒になって破目を外そうとするし、琥珀は子供は子供らしくあればいいという主義で、彼女が女の子であるとわかっているのかいないのか。彼が言う遊びといえばちゃんばらに相撲である。
 その為、幼子が苦手にも関わらず、躾は瑠璃丸の仕事になっていた。
 草履をはいて、近づいてきた凛音の頭を誉めるように優しく撫でる。
 そして、凛音が嬉しそうに笑うのを見て、少し目元をほころばせた。
「すごいねえ。葉っぱがいっぱい」
「ああ」
 それだけでは、さすがに言葉足らずだと思い直す。
「琥珀が、折角の星祭りなのだから、盛大にやると。江戸の市中では、これよりも大きな笹が長屋ごとに何本も立って、それは綺麗なんだ。それを見せられない代わりに、お前のためだけの笹を飾ると勢い込んでいた」
 そして、昨夜、どこからかこの笹を調達してきたのだ。
「あれ?そういえば、琥珀と翡翠は?」
「琥珀は野菜と酒を買いに行っている。翡翠は・・・」
「呼んだ?」
 ふわりと音もなく縁側に現れた翡翠の手に色とりどりの紙があるのを見て、凛音は目を丸くした。
 普段見ないような鮮やかな千代紙や綺麗な飾りを、翡翠が縁側に広げるのを食い入るように見つめている。
「こんなもんじゃないかな」
「ああ、上等だ」
 それは七夕の笹飾りと短冊だった。
 田舎では手に入りづらいと、わざわざ城下町まで足を伸ばして買いに行ったのだ。
 それにしても。
 瑠璃丸は、得意げに飾りを凛音に見せている翡翠を見やる。
 茶色の柔らかな髪がはねている毛並みそのままに、人の思い通りになるのが死ぬほど嫌いで自由気ままに見えるこの猫又が、誰かのために自ら進んで動くとは珍しいことこの上ない。
 普段はからかったりちょっとした意地悪をしてみたりしているが、凛音のことを相当気に入っているのだろう。
「すごいすごい!こんな綺麗なもの見たことないよ!」
 凛音の素直な賛辞に、当然と言わんばかりの表情をしようとしているが、長い付き合いの瑠璃丸には、彼が照れているのが手に取るようにわかった。
 そうなると何だか、面白くない。
 ついさっきまでいなかったくせに、おいしいところをかっさらわれた気になる。
「凛音。ちょっと来い」
 瑠璃丸はかけたたすきをするりと外すと、右手で短冊を拾い上げ、左手で凛音の手を取った。
「瑠璃丸?」
 驚くものの凛音は引かれるがままに後をついてくる。
「ちょっと、どこにいくのさ」
 呼ばれもしないのに、他の飾りもかき集めて翡翠までが後をついてくる。
「お前はその飾りでもつけていればいいだろう」
「やっぱり飾りつけはみんなでしないと楽しくないじゃない。ねえ、凛音。後で一緒につけようね」
「うん!」
 凛音に嬉しそうな顔で返事をされては、それ以上言い募ることも出来ない。
 瑠璃丸はため息をついた。
 もとより口で勝てる相手ではないのだ。
 しかたなく二人を連れて部屋に入り、そのまま古い文机の前に座り込む。
 家は狭く、個別の部屋などない。
 それゆえたいていの道具も共用だが、その文机は瑠璃丸が大事に使っているものだった。それを知っているから、誰も文机には手を出さない。書き物は瑠璃丸の仕事だった。
 文箱から道具を取り出し、明け方に集めた朝露を使って丁寧に墨をする。
 そばに座った凛音はその手元をじっと見つめる。
 墨がすりあがると、瑠璃丸は筆を用意して文机の前から少し体をずらした。
「凛音。ここへ」
 優しい声で今まで自分が座っていた場所をぽんと叩く。
「・・・え?」
 一緒に暮らし始めてから、そばで見ていることは許されてもそれ以上近づくことはなかった凛音は、首をかしげた。
 字を書く練習も、別に作った子供用の天神机を使っている。
 ここは瑠璃丸の城なのだ。
「瑠璃丸?」
「ここに座れ。正座して姿勢を正す。短冊をここに置いて」
 凛音を机の前に座らせる。
 そして優しく言った。
「自分で願い事を書くといい」
「・・・めずらしい。瑠璃丸がその机を貸すなんてね。今夜は雨かな。せっかくの七夕なのにね」
「うるさいぞ、馬鹿猫。茶々入れるだけなら出て行け」
「やだよ。僕の短冊も書いてもらわなくっちゃ」
 言い合う二人をよそに、凛音は神妙な顔をしていた。瑠璃丸を少し心配そうに見上げる。
「・・・使っていいの?」
 字を書けるようになったとは言っても、まだ上手ではなく、その上筆の扱いもうまくない。汚してしまったら、と考えているのだろうか。
 瑠璃丸はその小さな手を両手で包み込んだ。
「年に一度の願い事を書くのだから、頑張って書け」
「・・・うん!」
 凛音は嬉しそうに頷いた。
 そして真顔に戻ると、真剣な顔で短冊を見つめていたが、やがてゆっくりと筆を取る。
 そして、たどたどしい字でこう書いた。
「るりまると ひすいが けんかしませんように」
 二人の兄貴分はがっくりと肩を落とした。
「あのね、凛音」
「なに?」
「それは僕らに直接言えばいいんじゃないかな?」
「凛音が言っても、琥珀が言っても聞かないもん」
 凛音にしてみれば、お星様に願わなければ叶わない難問なのだろう。
 瑠璃丸はもう一枚短冊を凛音の前に据えた。
 さすがにこれだけでは可哀想だ。
「・・・気持ちはありがたく受け取っておくが、これには自分のことを書くといい」
「自分のこと・・・」
 呟いて凛音は筆を置いてしまった。
「どうした?」
 思わず瑠璃丸が顔を覗き込むと、どこか途方にくれたような顔をしている。
 それは幼子に似つかわしくない表情だった。
「凛音はね」
 唇がかすかに動いて、ぽつりと雨粒が落ちるように小さな声が零れた。
「凛音は、なにかを望んではいけないの」
 思わず瑠璃丸と翡翠は顔を見あわす。
「何故、望んではいけない?」
 静かに瑠璃丸の声が問う。
「・・・凛音は人間でもあやかしでもないから」
 それはずっと言い聞かされていた言葉だったのだろうか。その言葉が呪縛となって彼女の心を縛っているのを、瑠璃丸と翡翠は見た気がした。
 凛音は、龍の父と人間の母の間に生まれた子供だ。
 母はあくまでも人の世で暮らすことを望み、自分が死ぬまで凛音を手放すこともなかったという。
 その間、彼女のあやかしの力を封じる為、そう言い聞かせ続けてきたのだろうか。
 生まれてからずっと?
「あのねえっ・・・」
「翡翠」
 翡翠がかっとなって口を開こうとするのを、瑠璃丸は押しとどめた。怒るべきは凛音に対してではない。
「凛音」
 瑠璃丸の手のひらが凛音の目をふさいだ。
 少し身じろぎする体を、優しく自分の膝に抱えあげる。
 赤ちゃんをあやすように、凛音の耳を自分の鼓動が聞こえる位置にあてて、抱きしめる。
「・・・確かに凛音は人間だけでもあやかしだけでもないかもしれない」
 ぴくりと凛音の体が震える。
 その背を優しくぽんぽんと叩いて、瑠璃丸は言葉を続けた。
「凛音は、人間であり、あやかしでもあるんだ。俺たちはお前を知っている。人の心もあやかしの心もわかるお前が、良くないことをなすわけがない」
 ゆっくりと呪縛を解くように、瑠璃丸は言い聞かせる。
 だが、凛音はふるふると首を振った。
「凛音の父様は龍だから、龍は荒ぶるものだから、凛音は力を使っちゃいけないの。何かをしたいと思っちゃいけないの」
「馬鹿だな」
 不意の声に顔を上げれば、翡翠もすぐ脇に座り込んでいた。
 小さな手をそっと握って、優しく囁く。
「考えてご覧よ。ここには僕らがいるだろう?小さな君の力ぐらいちゃんと受け止めてひどいことなんか起こらないようにしてあげる。生粋の猫又と犬神と妖狐だよ。半分だけで、しかも子供の君に負けるわけないよね?」
「間違えたら正そう。ひどいことが起こらないようにすると約束しよう。だから、お前は自由に生きていいんだ。したいことに、欲しいものに手を伸ばしていいんだ」
「・・・約束?ずっと?」
「ああ、ずっと。約束だ」
 ふうっと凛音はため息をつくように息を吐いた。
 呪縛が溶けて流れるように、柔らかな頬を涙が伝い落ちた。


「で、そのあとわんわん泣いた凛音をなだめて、短冊書かせて、飾り付けをしたのか。ご苦労だったな」
 日が暮れて、夜空には天の川が流れる。
 七夕にふさわしい星空が頭上に広がっていた。
 縁側で酒を酌み交わしながら話を聞いていた琥珀は、杯を乾すとそう瑠璃丸に笑って見せた。
「・・・他人事だと思っているのだな」
 さすがに疲れたのか、ため息をついて酒を一気にあおる瑠璃丸に、琥珀は苦笑する。
 彼女を育てるから手伝えと言ったとき、幼子が苦手だと一番渋ったのは瑠璃丸だった。それがすっかりいい保護者になっている。
「で、短冊にはなんて書いたんだ?」
 笹飾りの下で翡翠と遊ぶ凛音を見ながらそう聞くと、瑠璃丸はさらに苦い顔をした。
 眉間にしわが出来ている。
 すっかり変化がうまくなって尻尾も耳も出ていないが、馬の尻尾のように結った髪が、風もないのにふわりと揺れた。
「・・・自分のことを書けとあれほど言ったのに・・・」
「・・・ん?怒ってるのか?」
「結局!」
 ばしん、と瑠璃丸は縁側に拳をたたきつけた。きっ、と琥珀をにらみつける。
 ああ、酔ってるなあ、と琥珀はさりげなく料理と酒を瑠璃丸から遠ざけた。
「俺と翡翠に喧嘩してほしくないって書いたんだぞ!変えろと言っても聞き入れない!誰があんな頑固に育てたんだ!」
「そりゃ、しつけてる奴が頑固だからなあ・・・」
「・・・なにか言ったか?」
「いや、何も?」
 犬神は鼻もいいが耳もいいんだった。琥珀は中途半端な笑みで誤魔化すと、瑠璃丸の肩を軽くたたいた。
「考えてもみろよ。それはきっとあいつの最初の自分の為の願いなんだぜ?」
 きょとんとした顔で瑠璃丸は琥珀を見つめた。
「そんな顔してると、凛音くらいだった時を思い出すなあ」
「・・・どういう意味だ」
「いや、お前も結構頑固で困らされたよなあ。そういやあ、好き嫌いがなかなか・・・」
「それではなくて!さっきのはどういう意味なんだ?」
「さてね」
 瑠璃丸の視線をかわすと、琥珀は立ち上がる。
 そして、二、三歩、凛音の方に歩き出して、振り返った。
「約束したんだろう?自分で考えてみるんだな」
「琥珀!」
 瑠璃丸の声を背中に受けながら、琥珀はゆるりと微笑んだ。
 可愛い娘の願い事なのだ、せいぜい頭を悩ませればいい。だが、とっくに答えは手の中にあるということを、気付くのはいつだろうか。そう思いながら、笹に歩み寄ってひらひらと揺れる短冊を見上げた。
「琥珀!」
 駆け寄ってきた凛音が琥珀の手をきゅっと握る。
 それを見下ろして、琥珀は凛音の頭を優しくなでた。
「お前の願いはきっと叶うよ」
 凛音が、幸せそうに笑った。


 笹の葉が揺れる。
 さらさら、さらさらとかすかな音をたてて。
 金銀砂子の星たちの瞬きのように。
 小さな彼女のこぼした呟きのように。


 ずっと。
 ずっと、みんなで一緒に居ようね。


 ささやかな願いを星に届けるように、笹の葉が揺れた。


 -終-


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